肉そばをワシワシと食べる楽しさ

『のじろう』があるのは江古田駅の北側、池袋方面に少し歩いたところで、店前の交差点を挟んで、日本大学芸術学部(以下、日芸)の校舎が見える。

『のじろう』の推しは肉そば550円だ。旨味が強く濃いツユにゴワッとしてコシの強いそば。その上に柔らかく煮込まれた豚バラと白髪ネギがたっぷりと乗っている。肉の味付けはあっさりめで、濃いめのツユとのバランスがとてもいい。

肉とネギを箸でガシッとつかみ、口に放り込む。ギュッと噛み締めて肉の旨味とネギの香りを堪能しつつ、太めのそばをズゾゾッとすすりこむ。咀嚼するたびに幸せを感じる。一杯の量はかなりのもの。初めて食べたときは、若い学生はハマるだろうな、と考えながらワシワシと食べた。

店の前から見える日芸の校舎。
店の前から見える日芸の校舎。

江古田には学生が多い。先述の日芸以外にも、武蔵大学、武蔵野音楽大学の校舎があり、学生と思しき若者が多く歩いている。飲食店をはじめとした商店も多く、オフィスもちらほらとある。基本的に学生と働く人が多いのだ。

そんな街だから、当然、手軽に安く食べられる立ち食いそば店がありそうなものだが、実はなかったのだ。正確に言えば、2店ほどあったが、どちらも早々に撤退してしまった。そんなところに『のじろう』ができたのだから、立ち食いそばファンはかなりの期待をもってこれを迎えたのだ。

コロナ真っ只中のオープン

しかし、時期が悪かった。オープン日は2020年の12月15日。なんと、コロナ真っ盛りの頃である。オープンしてしばらくしてから行ったのだが、そもそも街に人がいない。仕事はリモート、大学の講義もリモート、飲食店は自粛中、逆風がビュービュー吹きすさぶ中でのスタートだった。

『のじろう』のオーナー、野口さんはもともと板橋区で『ジローズテーブル』という街中華のチェーン店を4店、経営していた。そばが好きで、次にやるなら立ち食いそばと考え、長年の知り合いだった現店長の三津田さんを誘ったのだ。

左が店長の三津田さん。右は従業員の下田さん。
左が店長の三津田さん。右は従業員の下田さん。

三津田さんは雑誌編集者を経て出版取次の会社で働いていたが、編集の仕事に通じる「なにかを作っていくこと」に魅力を感じ、「のじろうプロジェクト」に乗った。三津田さんは飲食未経験だったが、知り合いの手打ちそば店や、立ち食いそばの名店『田そば』で勉強をさせてもらい、ようやくオープンにこぎつけた。

それなのに、いきなりのコロナ禍。運が悪いとしか言いようがない。しかし野口さんと三津田さんは「今がどん底、後は上がるだけ」と前向きに考え、そばを作り続けた。ツユをブラッシュアップし、そばも2022年に今のものに変更。肉に負けない存在感ある麺となった。カレーそばを始め、シャウエッセンを乗せた限定メニューもやった。その努力は着実に実っていった。

風通しの良さが魅力

開店以来、何度か行っていて「うまくいっている」と感じたのが、お客さんと店員さんが気安く接していたことだ。店が駅から少し離れていることもあり、いわゆる一見さんは獲得しにくいのだが、その代わりに常連さんがしっかりついていたのだ。見たところ、近隣で働くサラリーマン、そして商店主など近隣住民の人々。注文する時、そばを受け取る時、店員と言葉を交わし、おいしそうにズゾゾッと音をたててそばをすすっている。学生こそ少なかったが、頼もしい常連さんがしっかりとついたのである。

かき揚げそば490円も間違いないうまさ。
かき揚げそば490円も間違いないうまさ。

あれっ? 江古田にも立ち食いそばの需要はあったんじゃないか。今までの店はなんで続かなかったんだろう? 記憶をたどるに、撤退した店は、ちょっとそっけなかったかもしれない。それに比べて『のじろう』はなんとなく風通しがいい。居心地がいいのだ。江古田という街は繁華街もあるが、大学があり、すぐ近くには住宅街もあるせいか、気取らない雰囲気がある。『のじろう』の雰囲気は江古田に合っているのだ。

店横のテーブル席を利用するお客さんも多い。
店横のテーブル席を利用するお客さんも多い。

学生客はそんなに多くないようだが、よく考えればそれもそうだろう。学生の頃はランチとなれば友人とわいわい食べることが多い。(もちろん1人で食べるときもあるだろうが)さらに今は学食も充実している。学生街に立ち食いそばって、なんとなくフィットするイメージだけど、実はそうでもないのだ。

『のじろう』のコンセプトは、「食を通して地域に貢献する」とのこと。コロナを経て江古田という街に根付いた『のじろう』は、見事に貢献していると思う。コロナも明け、店と街の関係は、これからも続きそうだ。

住所:東京都練馬区小竹町1-57-5/営業時間:8:00~20:00/定休日:無/アクセス:西武鉄道池袋線江古田駅から徒歩2分

取材・撮影・文=本橋隆司