お話を聞いたのは:柏相撲少年団2代目代表 永井明慶さん
柏市相撲連盟理事長、大相撲柏場所実行委員長なども歴任。小学4年生で親に勧められ、わんぱく相撲柏場所に出場したのが相撲人生の始まり。社会人時代にはアマチュア相撲も経験した。
柏の子供たちにとって相撲は身近な存在
「こんにちはっ!」
はつらつとした、かつ礼儀正しい挨拶が聞こえた。声がした方を振り向くと、そこにいたのは放課後に自転車でやって来た学生服姿の少年少女たち。ここは柏市中央体育館で、敷地内に体育館とは別に独立した相撲場がある。夕空に映える神明造りの屋根の下は、県内でもここだけという市営の土俵だ。
相撲場が完成したのは、今から30年以上前の1988年。青少年育成を目的とし、市内はもちろん、全国の力士を目指す子供たちのために柏市が造った。時代は若貴ブームの真っ只中で、日本中で相撲人気がぐぐっと高まっていた頃。翌年の平成元年には有志が集まり、ここを拠点とする相撲クラブ、柏相撲少年団が発足した。
「柏市出身の麒麟児さん(きりんじ・最高位は東関脇)が現役を引退したタイミングでもあって、街の人たちの関心が相撲に向いていたと思います」
そう話してくれたのは、柏相撲少年団代表の永井明慶さん。自身もかつて少年団に所属し、大相撲を目指していた。当時は市内大会があると参加者が1000人くらい集まったようで、「相撲? じゃあ出よっか!」と友達と誘い合い、こぞって参加したという。身近に土俵があり、そこで正式な大会も開催されるため、昔から柏の子供たちにとって、野球やサッカーと同じくらい相撲もメジャーなスポーツだった。
強い眼差しで未来を見つめ、稽古に励む子供たち
現在、柏相撲少年団の団員は中学生が中心。北は宮城県気仙沼市から、南は鹿児島県徳之島町まで、親元を離れて寮生活をしながら稽古に通う子供も少なくない。永井さんには、彼らと同じ釜の飯を食いながら面倒を見る「柏のお父さん」としての一面も。
「子供たちと共同生活する場所を探していたら、街の人が名乗りを上げてくれたんです。ありがたいことに、6LDKの二世帯住宅を無償で貸してくれると。その1階を寮生の部屋にして、2階にうちの家族が住んでいます」
寮生は現在10人いて、なかでもいちばんの新入りは8期生。ひと部屋で3、4人が生活し、料理や洗濯は当番制だ。さらに地域へ恩返しするため、みんなでゴミ拾い活動をするのが習慣になっている。その姿は自然と市民の目に入り、結果的に「子供たちががんばって相撲に打ち込んでいることを広く知ってもらう機会にもなっています」。
稽古は平日、土・日に分かれ、平日は寮生を含めた「より本気モード」のプロコース。学校の授業が終わるとそのまま相撲場に移動し、永井さんの指導のもと仲間と切磋琢磨するのだ。約90分間の稽古のうち、実際に取組をするのは30分ほどで、その集中力ははたから見ていてもピリッと身が引き締まるほど。残りの時間はほとんどストレッチや四股(しこ)、摺り足、股割りなどの準備運動に当てられ、地道な努力を怠らない様子に大の大人でも深く頭が下がる。時々、相撲部屋に出稽古をお願いすることもあるそうで、「先日は車で40分ほどの二所ノ関部屋(稀勢〈きせ〉の里親方)にみんなで出向いて、稽古をつけてもらいました」。こうした環境にいることで子供たちの夢は一気に現実味を増し、少年団からは毎年コンスタントに1、2人、新弟子として角界入りを果たしているらしい。
一方、土・日の稽古には誰でも気軽に参加できる。なんと、おむつが取れたばかりの赤ん坊も歓迎だ。参加者が40人近くにまで上ることもあり、付き添いの父母も合わせると大変なにぎわいに。ここでは、プロコースに通う未来の力士が教える側に回る。
地元の期待を背負い鍛錬し続ける力士の活躍
2021年、新たに旗揚げされたのが、柏で力士を目指す子供たちを応援する「柏力会」。こちらの代表は商工会の会頭が務めており、「柏市相撲プロジェクト」と銘打って街ぐるみで力を入れている。2023年の大相撲初場所では、柏市出身で少年団卒の琴勝峰関が、平幕ながら千秋楽まで3敗を守り、結びの一番で大関・貴景勝と優勝をかけて対決。市役所ではパブリックビューイングが行われ、土俵入りで「柏市出身」とアナウンスが流れた際には「思わずシビレた」と永井さんはうれしそうに笑う。会場はワッと湧き立ち、永井さんのもとに一通のメールが届いた。
「2021年に亡くなった麒麟児さんの、奥さんからでした。ついに旦那の夢を叶えてくれました、ありがとうございますって」
柏の相撲にまつわる、実に胸が熱くなる話だ。
「(少年団の)先輩がたくさん大相撲で活躍しているので、刺激になります」とは、くだんの琴勝峰関からのコメント。相撲を始めたきっかけはわんぱく相撲柏場所だったそうで、「とても小さい時で自分では覚えていないのですが、父が出場させたと聞いています」。そこで少年団にスカウトされ、いざ相撲の道へ。まだ小さかった当時の琴勝峰関について、永井さんは「彼は負けず嫌いでね、悔し泣きしている姿も見てました。本当に頭がよくって、同じ失敗をしないんです」とにっこりしながら振り返る。琴勝峰関の中で楽しかった思い出といえば、「稽古した後、永井先生の実家が経営されている中華料理『麗園』でみんなで食事をしたこと」。厳しいだけではない、いきいきとした青春がここにはあるのだ。
ちなみに、以前は柏市内の私立高校で教員をしながら、相撲部の顧問も務めていた永井さん。そこでは相撲留学生も受け入れていて、2023年3月現在関脇の豊昇龍(ほうしょうりゅう)もその一人だ。
「彼がモンゴルから日本に来た時には、僕が成田空港まで車を運転して迎えに行ったんです。高校の寮監もやってたんで、共に生活もして」
相撲に一生懸命な彼らと時間を過ごすことで、いくつになってもフレッシュな感覚を保つことができる。「一緒に経験した喜びや悲しみは、僕の貴重な財産です」と言う表情は、言葉の一つひとつを噛みしめるようだった。
柏から全国へ広がる相撲の熱気、たぎる闘志
柏市中央体育館は千葉県の北東部にあり、すぐそばには利根川の支流である大堀川が流れている。河岸の遊歩道は住民にとって絶好のウオーキングコースになっていて、川は柏市、我孫子市、白井市、印西市にまたがる名所・手賀沼に注ぎ込む。相撲場は外からでも土俵をのぞける造りになっていて、地元の散歩好きのあいだではよく知られた立ち寄りスポット。この稽古風景もまた、柏らしい見どころの一つということだ。
相撲場の熱気が特に高まるのは、年に2回開かれる大会の時だろう。一つは5月のゴールデンウイークに柏相撲少年団が主催するわんぱく相撲柏場所で、市民を対象とするトーナメント戦だ。参加者は、幼児と小学生がメイン。前述した琴勝峰関が父に連れられ、初めて出場した大会がこれである。
二つ目は12月、柏力会が開く柏力杯。こちらは全国から我こそはとやって来るツワモノ中学生たちが、激しくしのぎを削るリーグ戦となっている。2022年はおよそ300人、青森や宮崎からも参加者が集い、朝9時から体育館に設置された3つのマット土俵で予選がスタート。勝ち抜けた者が午後の本戦に進み、土俵に上がれるのは決勝に残った者だけだった。2023年は12月23日の土曜日に開催予定。当日は、少年団の卒業生でもある現役力士が行司を務め、「子供たちにとっては、ある意味クリスマスプレゼント」と永井さん。例年、大会は夕方の17時までかかるのでほとんどの家族は一泊し、翌日曜日の午前中に稽古をしてから帰る、というのも毎年恒例だそう。初日は対戦相手として体をぶつけ合った子供たちが、翌朝には互いに気持ちを高めながら汗を流す。なんてすがすがしいのだろう!
「去年(2022年)は稀勢の里さんが稽古を見に来てくれた」といい、子供たちだけではなく、親たちもかなりよろこんでいたよう。まるでファン感謝祭みたいな熱い盛り上がりだったそうだ。
日々精進を重ねる子供たちの表情は凛としていて、なんだかとてもまぶしく感じられる。彼らが少年団を巣立ち、大相撲で活躍する力士がさらに増えれば、そう遠くない未来、千秋楽の大一番で柏出身力士同士の取組が見られるかもしれない。「欲を言えば、どちらも横綱で。夢みたいな話ですけど」と永井さんは謙遜するが、叶わない夢ではないような気がする。がんばれ、未来の大横綱!
柏ゆかりの主な現役力士
隆の勝(常盤山部屋所属)
豊昇龍(立浪部屋所属)
琴ノ若(佐渡ケ獄部屋所属)
琴勝峰(佐渡ケ獄部屋所属)
大翔鵬(追手風部屋所属)
※2023年3月現在
取材・文=信藤舞子 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2023年4月号より