創業から半世紀超え。愛されるづける2大看板メニュー

JR渋谷駅からスクランブル交差点を渡り、線路沿いに神宮通りを進み5分ほど。HMVやタワーレコードを通りすぎると、人通りや街並みの風景が少し落ちついた感じに変化する。町中華の老舗『中華そば 天宝』はそんな街並みの一角にある。

店舗は神宮通り沿い。渋谷からたった5分の好立地。
店舗は神宮通り沿い。渋谷からたった5分の好立地。
お店の2大看板メニューのポスターが食欲をそそる。
お店の2大看板メニューのポスターが食欲をそそる。

店先には中華そばとシンプルに書かれた白いのぼりがはためき、扉横の一番目立つ位置には、お店の看板メニューである特丼のポスターが「男メシランキング第1位」の文字と共に輝かしく掲げられている。早々に店内へ。

店内は女性も過ごしやすいテーブル中心の席。
店内は女性も過ごしやすいテーブル中心の席。

店内はアイボリー調の壁と木目の、中華のお店にしてはとても落ちついた雰囲気。たくさんのテーブルが並び、奥にある3人ほどが座れるカウンターと合わせて約30席。厨房はお店の奥。奥に通じる入り口の横にはお店の2大看板メニューである特丼と宝麺の写真がまるでアイドルのポスターのように張られている。

店に入ると正面の壁にどーんと特丼と宝麺。
店に入ると正面の壁にどーんと特丼と宝麺。

おなじみの『天宝』の元祖のお店

迎えてくれたのは、2代目ご主人の浜口宏さんと、宏さんの息子さんで3代目の浜口昭宏さん。渋谷駅からわずか5分という立地について、思わず「素晴らしい場所にありますね」と触れると、「古いですからね。この辺で新しく始めようとするとなかなか大変かもしれませんね」と昭宏さん。

ご主人の浜口宏さん(右)と3代目の昭宏さん。
ご主人の浜口宏さん(右)と3代目の昭宏さん。

『中華そば 天宝』の始まりは1968年のこと。現在の場所のすぐ近くで、ご主人の叔父にあたる方が創業された。カウンターに10席あるかどうかのこぢんまりとしたお店で、出前が中心だった。

後にこのお店の初代となるご主人のご両親は関西の出身で、大きな企業に勤める技術者だった。東京に来るたびに兄が営む中華屋に立ち寄っていたが「一緒にやらないか」との誘いに上京し、兄の中華屋を手伝うことになる。

「昔この地域は会社も結構ありましたけど、ちょっと奥に入ればアパートや住宅も多く、出前を取ってくれるお客さんはたくさんいました」と宏さん。

店内には創業当時の店の写真が飾られている。
店内には創業当時の店の写真が飾られている。

現在の場所に店舗を移転したのはご両親がお店を手伝いだしてから数年後。お店のお客として来ていた地主さんに、「あなたの店はおいしいから、うちがこれから建てるビルにおいでよ」と誘われたのがきっかけ。ほぼ同じ時期に原宿の竹下通りにもお店を開店させ、叔父が竹下通り店、ご主人のご両親がこの渋谷のお店を切り盛りすることとなった。

「当時、多くの職人さんを雇っていて、その方たちが自分のお店を持ちたいという時に、のれん分けの形で『天宝』の店名をそのまま使ってもらいました」と宏さん。のれん料などもなかったため、独立した職人さんによって次々に『天宝』は増え、またそこからののれん分けもあり、最終的には東京を中心に29店舗までになった。皆さんもどこかの地でこの店名に触れた覚えがあるかもしれないが、実はこの渋谷の『天宝』こそが、その元祖なのである。

食欲が止まらないお店の看板メニュー特丼

特丼900円のお姿。これに半ラーメンを付けたセット1100円も人気。
特丼900円のお姿。これに半ラーメンを付けたセット1100円も人気。

さて今回の注文は、お店の2大看板メニューの1つである特丼900円。深皿の全面に盛られた肉、卵、玉ねぎ、そしてピーマンの具材。その下にあるはずのご飯の姿は一切見えず、結構なボリューム。いただきます。

最初に来るのは甘み。そのあとに卵とタッグを組んだまろやかな肉のおいしさがやってきて、最後に深みのあるピリ辛が浮上してくる。その最後のピリ辛が曲者で、食べる先から食欲を刺激し、次のひと口を身体が求める。ご飯との相性はもちろん良し! 最近「無限なんとか」というメニューがはやっているが、その表現で言えばこの特丼はまさに無限丼。丼のみを見つめながら一気食いしてしまいそうな魔力を持った丼だ。

お肉の量も凄い。淡路の玉ねぎを使うことでおいしさはさらにアップ。
お肉の量も凄い。淡路の玉ねぎを使うことでおいしさはさらにアップ。

「辛味は豆板醤で出しています。うちが使っている豆板醤はちょっと特別で、新しいものをすぐに使うのではなく、しばらく置くことでしょっぱさが消えて深みがある辛さになります。あと玉ねぎも甘みのある淡路の玉ねぎだけを使っています。この玉ねぎを使いだしてから、特丼を食べ慣れた常連さんからも『旨くなった!』と言われます」と宏さんはそのおいしさの秘密の一端を教えてくれる。

この特丼は『天宝』の歴史と共にあるまさに看板メニュー。浜口さんが幼少のころ、お店の開店当初からすでに存在していたとのこと。つまり50年以上愛され続けている。

ちなみに、もう1つの看板メニューである宝麺にもこの豆板醤を使用。こちらも初代が発案したもの。ある日、焼き肉を食べに行った初代が、この味をラーメンに活かせないかと考え作り出した。まだ世の中に辛いラーメンなど存在していなかった、これも50年以上前の話。

さすが老舗町中華。メニューの多彩さも人気の理由。
さすが老舗町中華。メニューの多彩さも人気の理由。

「以前は近くにアパレルの会社も多く、そこで働く女性の方たちがたくさんお見えになりました。雑誌などで、アパレル関係の方のお気に入りの店として紹介していただいたり、そのランキングでうちを一番にしていただいたり、とてもありがたかったです」と宏さん。

現在、渋谷は常にどこかで工事が行われていて、その工事現場の方、サラリーマン、そしてアパレル系の方など、広い層がお昼を中心に来店される。お昼のテイクアウトのために発案したから揚げ弁当も好評であるとのこと。

「3代目もいますので、この地でなるべく長くお店をやっていきたいですね」と宏さん。横で笑う3代目の昭宏さんの姿がなんとも頼もしく見えた。

住所:東京都渋谷区神南1-10-7 テルス神南/営業時間:11:00~15:40LO・17:00~20:30LO/定休日:土・日/アクセス:JR・地下鉄・私鉄渋谷駅から徒歩5分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=夏井誠