豪華客船で世界中を渡り歩いた店主が開いたもつ鍋店
井の頭線渋谷駅から徒歩1分、渋谷マークシティの隣にある飲食店街にもつ鍋店『とうか』がある。入り口が見つけにくくて迷ったが、半信半疑で扉を開け細くて急な階段を登るとポップな色合いの店舗が広がっていたので驚いた。
店主の加藤正さんもかなりポップな人生を歩んで来た方だ。
日本で料理の道に入った在りし日の加藤少年は、22歳で渡英しホテルやレストランで働き、29歳の時にクイーンエリザベス2世号の料理人となる。豪華客船で働きながら世界を何周も回って、31歳で下船。帰国してヒルトン東京でのコックを経験し、2013年に『とうか』をオープンした。以降、渋谷で自慢のもつ鍋や火鍋を提供している。
「最初は日本のホテルで働いてたんだけど、そこの仲間が『オレ、今からイギリスに行く』と。『なんでお前が行けてオレが行けないんだよ』って、一緒に日本を飛び出しちゃったんです。とにかく料理を勉強したくて。当時はコックになるためフランスに行く人が多かったんですけど、フランス語は難しそうだし英語だったらなんとかなるかなっていうのもありました(笑)」。
クイーンエリザベス2世号へは、イギリスの新聞に掲載されていた乗船客募集の記事を見て、コックとして雇ってもらえないかと英語で手紙を書いたそう。それと同時にコック仲間から「バッキンガム宮殿の料理人に応募しないか?」とも誘われていたとか。
「それもいいなと思ったけど、イギリス国籍がないとダメ、と言われるかもしれないとも思って。クイーンエリザベス2世号からは、船がイギリスに戻ったら面接に来いと返事をもらっていて、母港に戻ってきた時に面接を受けたら受かっちゃった」という。
フレンチが作れるかと思ったが求められたのはアメリカ人向けの料理で、ステーキやローストビーフばかり。船が出港してから3日で降りたくなり、ニューヨークに着いたら降りようと思っていたが、自由の女神を見て気が変わったんだそう。「タダで世界一周できると思ったら、それもいいかなと思うようになって」と加藤さん。そのまま働くことにした。
加藤さんが当時の思い出を振り返ってくれた。「母港のイギリス・サウサンプトンから大西洋を通ってアメリカへ。そのあとパナマを通って太平洋に出てハワイとか。日本も横浜、神戸、鹿児島に帰港して友人に会ったりしましたね。印象的な都市はいくつもありますが、セイシェルの海やインド洋はすごくキレイでしたよ。よく沖縄の海は世界で一番キレイなんて言うけど、そっちは行ったことないや(笑)」。えーっ、世界中を見てきたのに沖縄は行ったことないの〜⁉︎ とずっこけた。
加藤さんは渡英前から30歳までに帰国すると決めていたのが、1年延びて31歳のときに帰国。2003年、イギリスで知り合った仲間と焼き鳥を売りにした居酒屋『天国(てんごく)』をオープンした。ずっとフレンチや洋食を作ってきたが「焼き鳥は安いし、自分も好きだから」という理由だ。
『天国』は渋谷で5店舗も立ち上げ繁盛した。しかし、相棒が亡くなってしまったので5店のうちの1つをもらい、加藤さんひとりでもつ鍋店『とうか』として再出発したのだ。
イギリスで修業中に出会ったレストランのメニューから着想を得たハンバーグ
『とうか』のランチはほとんどのメニューが1000円で、看板メニューの和牛ハンバーグのほか、和牛わさび丼や若鳥の唐揚げなどもある。もちろん今日はハンバーグ一択だ。ソースはおろしポン酢、デミグラス、焼肉ソースの3種から選べる。
「和牛ハンバーグが一番人気だけど、和牛わさび丼、和牛カルビ丼も人気ですよ。おかずやドリンクはビュッフェなので、好きなものを取って食べてください。日替わりでいろんなおかずを出してるんですよ」と加藤さん。
ハンバーグのタネはA5ランクの和牛のネック部分と脂に塩コショウ、パン粉と玉ねぎなどを加えてシンプルに仕上げている。
さっそくハンバーグに箸を入れると、中身はかなりレア状態。だが、安心して食べられる程度に加熱してある。レアっぽいとろりとした食感と、野性味あふれる味わいに加え独特の甘みもある。
加藤さんは、「ハンバーグを食べに来るお客さんはだいたい常連さんですね。うちのはA5ランクの和牛を使っているから、肉の旨さには自信がある。だからタネの味付けもソースも最低限なんです」と語る。
ちなみにこのハンバーグは、加藤さんがイギリスのホテルで働いていた頃、従業員出口のそばにあったハンバーガー店がヒントになっているそうだ。
「パテの焼き方をレアとかミディアムレアとか選べる店だったんです。これはいいなと思ってね。日本だとレアとミディアムレアの差があいまいだから。ましてや、いい牛肉だからレアっぽく食べたほうが絶対にうまいんです」と、語っていた。
さらにおかずのビュッフェもうれしい。このときは空腹でモリモリ食べたかったので、サラダを盛り合わせて、魚肉ソーセージ天やポテト、コンニャク煮と豆腐揚げ、焼きそば……大好物のちくわ天は2個取りました。最後にフリードリンクコーナーでお茶も飲んで満足。
ディナーでは新鮮でぷりっぷりの和牛もつが自慢のもつ鍋を
夜のメニューはなんと言ってももつ鍋や火鍋がメイン。焼き鳥屋だった『天国』からもつ鍋の『とうか』になったのは、「鍋屋だったら材料を切って出せばよくてラクだったから(笑)。その代わりスープやもつにはこだわってるけどね。始めたのはもつ鍋ブームの前で、そのあと銀座に専門店ができたり、九州の会社が店を出してたけど、うちみたいに小腸だけでやってる店はなかった」と加藤さん。
また、店で丁寧に取った鶏白湯スープをメインにした薬膳火鍋も、かつおだしのもつ鍋と双璧をなす人気メニュー。季節に関係なく元気がないときは、コレに限る!
季節の変わり目は心身ともにバランスを崩しがち。なんかダルいなと思ったら、昼も夜も『とうか』でもりもり食べたらたちまち元気になれちゃうかも。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢