店主は120年の歴史ある老舗酒店の4代目、桝本安裕さん。無線部所属の電気好きな高校生だった頃、ラジオでジャズを聴いて以来、東京の大学時代、サラリーマン時代と、ジャズ喫茶に通い、ジャズとともに生きた。
「当時は学生運動家も多かったけど、僕はただジャズだけを求めていた」と桝本さん。
好きが高じて、北海道と東北のジャズ喫茶を自転車でめぐる旅をしたあとの1978年、東京・荻窪に同名の店を開く。「店名は『ジニアス』のマスターが、桝本さんは酔っ払うと目がイワシになるねって。それでつけたの」と往時を懐かしむ。
82年に酒店を継ぐためUターン。結婚して家庭をつくり、ジャズ喫茶再開の好機を長年窺うかがう。2013年から倉庫を改造し、ゴミ置き場の廃材を拾ってハンダごてで照明を作るなど、自らの“晩年様式”への準備を開始。
「音楽は個人的なもの。好みの問題。正解はないの。だから大いに好き嫌いを語って、若者たちにジャズの楽しさを伝えたい」。桝本さんの熱意と人柄に惹かれ、週末には老若男女のアマチュアミュージシャンがライブを開催。古座の海風に乗ったグルーヴが、唯一無二の興奮をもたらしてくれる。
【店主が選ぶ一枚】Norman Simons Quintet “I'm...the BLUES”
大音量が自然に溶け込みブルーズィに
「芸と一緒で死ぬまで一生聴き続ける」と、ジャズへの飽くなき思いをもつ桝本さんとっておきの一枚は、ノーマン・シモンズ・クインテットの『アイム・ザ・ブルース』(1981)。大音量が店内を抜け出して、川、海、山の自然に溶け出してなじみ、一気にブルーズな気分に。MJQ、セロニアス・モンク、マイルス・デイヴィスほか、自作アンプを配置した独自の音環境と半野外的空間で聴くモダンジャズに、あらためて開放感を覚えること必至。
取材・文=常田カオル 撮影=谷川真紀子
散歩の達人POCKET『日本ジャズ地図』より