多種多様なデザインが楽しい

カメラマンの中村英史さんは、街角の公衆トイレとその周りの風景を収めた「トイレのある風景」を写真に撮り続けている。

はじめて投稿したトイレの写真。丸みを帯びた建物の形とガラスブロックが、レトロでかわいらしい。
はじめて投稿したトイレの写真。丸みを帯びた建物の形とガラスブロックが、レトロでかわいらしい。

「きっかけはインスタグラムです。周りがやり始めたので、自分も始めてみたいと思ったんです。何かテーマを持った方が続けやすいと思い、ふと思い浮かんだのが公衆トイレでした。

公衆トイレは以前からなんとなく注視していた存在でしたが、特段強い思いは抱いていませんでした。むしろ『なんでデザインに統一感がなく、周りにマッチしていないんだろう』と、どちらかと言えばネガティブな印象を抱いていました。

最初に投稿したのは2017年の1月。職場のすぐ近くにあったトイレです。クラシックでユニークなデザインでした。お祭りの提灯がかかっていて、はじめの一枚にはちょうどいいかなと思って。実はもう、なくなってしまったんですが」

中村さんのインスタグラムには、実に多種多様なバリエーションのトイレが並ぶ。

お菓子のような形をしたトイレ。周囲の木々に落ち着いた色味が溶け込む。「便所」の二文字が潔い。
お菓子のような形をしたトイレ。周囲の木々に落ち着いた色味が溶け込む。「便所」の二文字が潔い。
インパクト満点。オレンジの形のトイレ。
インパクト満点。オレンジの形のトイレ。

はじめは、公衆トイレの建物に対し、あまり良いイメージを抱いていなかったという中村さんだが、撮影を続けるうちに、その印象は徐々に変わっていった。

「撮り続けるうちに、統一感がないと思っていたデザインを、むしろ面白いと感じるようになりました。

建物単体で見た建造物としての面白さもありますが、やはり周りの風景を含めた佇まいにグッときてしまいますね。最初は屋根の形や建材といった建築物として注目していましたが、徐々にそういうのはどうでもよくなって、見たときの佇まいそのものを鑑賞しています。

ひょんなことからトイレを撮り始めて、撮り続けていくうちに魅力も見えてきて、苦にならずに続けられています」

壁面に組み込まれたトイレ。木々の深い緑や、レンガと石垣の風合い。周りの様子もまた魅力的。
壁面に組み込まれたトイレ。木々の深い緑や、レンガと石垣の風合い。周りの様子もまた魅力的。

「個人的なお気に入りは、昭和の古い感じを残したトイレです。1970年代くらいのデザインで、綺麗な状態で残っているトイレに出会うとうれしいですね」

トイレが風景の中で醸し出す佇まいを記録する

柳の木の下にあるトイレ。トイレまできちんと小道が整備されているのも良い。
柳の木の下にあるトイレ。トイレまできちんと小道が整備されているのも良い。

中村さんが撮影対象とするのは、公衆トイレ自体だけでなく、トイレの建物が風景の中で醸し出す佇まいそのもの。2017年にインスタグラム開設以降、これまで400枚以上もの「トイレのある風景」を投稿してきた。

「本当はトイレだけを巡りたいところですが、なかなか時間がとれないので、仕事やプライベートの用事に出かけた先で、余裕があれば巡るということが多いです。写真のトイレも、撮影の仕事で行った先で見つけました。トイレ自体は簡易なものですが、柳の木の下にある佇まいが、結構お気に入りです。

自宅から職場まで自転車やバイクで通勤する間のルートにあるトイレは、ほぼしらみつぶしに撮影しましたね。トイレを巡る時は、NAVITIMEを使えばマップ上にトイレマークが出てくるのでおすすめです」

こびとの家のような、一人用トイレ。
こびとの家のような、一人用トイレ。

撮影方法にもこだわっている。

「基本的に人がいない時に撮影します。人が入ってしまうと、写真に別のストーリーが生まれてしまうんです。撮ろうと思うと人が来たり、清掃車が停まってしまったりすることもあるんですが・・・・・・。

可能であれば曇りの日に撮影するようにもしています。明るいところと暗いところのコントラストが強すぎると、白く飛んでしまったり潰れてしまうところがでてしまうんです。

また建築物の竣工写真を撮影することもある仕事柄、撮影した写真は、柱が垂直になるよう補正しています」

「なぜ日本人はここまでトイレにこだわるのか」

アルファベット型の大胆なデザインのトイレ。
アルファベット型の大胆なデザインのトイレ。
大きな木の横に、切り株型のトイレ。
大きな木の横に、切り株型のトイレ。

インスタグラムへトイレの写真の投稿を続けているうちに、海外メディアにも注目され、多数取り上げられるようになった。今もフォロワーの8割以上は海外の方だという。

「海外の人から見ると、日本のトイレは見た目が面白いみたいです。一人用のトイレに『cute』というコメントがついたこともありました。切り株型など変わったトイレが多いので、なぜ日本人はトイレにここまでこだわるんだろうと、びっくりするみたいです。『日本のトイレは綺麗だ』というコメントがついたこともありましたね。落書きもなく、すごく清潔に見えるようです」

「写真のグリーンのトイレは、インスタグラムでつながったスウェーデンの方から送ってもらったものです。その方は日本の建物の精巧なミニチュア模型を制作するマニアで、なんとトイレの模型も作っていたんです。それを見た第三者がその方に僕のアカウントを紹介してくれて、『うちの近所の公園にこんなトイレがあったよ』と写真を送ってもらった、という経緯です」

珍しい、杉並区の「バタフライ屋根」のトイレ。
珍しい、杉並区の「バタフライ屋根」のトイレ。

トイレのある風景、という目線でおすすめの街はあるのだろうか。

「川や橋のそばには、トイレが数多く設置されています。橋を作ると、橋のたもとには、橋詰広場という広場や公園が設けられ、そういった場所にトイレも設置されがちです。隅田川の橋を渡りながらトイレを巡ってみたいな、と思っています。

また杉並区には、「バタフライ屋根」と呼ばれる、V字型の屋根をしたトイレがあります。1960〜70年代に建てられた結構古いトイレなので、なくなる前に、現存するバタフライ屋根のトイレを全部巡ってみたいというのが、野望ですね」

これからトイレを鑑賞してみたいという方に、鑑賞のコツを伺ってみた。

「『おお!』と思えるかどうかは見た人の感受性によると思うので、特にこう見るのが正解、といった方法はありません。自由にグッとくるポイントを探してみてほしいです」

バリアフリー化や老朽化などさまざまな要因で、昭和の時代に建てられた古いトイレは少しずつ減ってきている。密かに海外からも注目を集めている、日本のトイレのユニークなデザイン。日本の街の個性を彩る要素の一つでもあるだろう。

公園だけでなく、街中の他の構造物と一体化していたり、木々の下でゆったりとたたずんでいたり。建物自体だけでなく風景の組み合わせで味わうと、その魅力は千差万別なのだ。

 

取材・構成=村田あやこ

※記事内の写真はすべて中村英史さん提供​​