埼玉県のおでん種専門店は現在数軒が営業しているが、そのほとんどは川口や浦和のエリアに集中している。今回紹介する『中島かまぼこ店』は東武東上線沿線で営業する埼玉県唯一のおでん種専門店だ。2人も入ればいっぱいという小さな店内に、バラエティに富んだ20種類以上の揚げ蒲鉾が並ぶ。店頭で調理したおでんもあり、昔ながらの懐かしい味を求めに地元だけでなく遠方から多くの人たちが集まる。
在りし日の商店街の面影を残す大井ショッピング商店会
埼玉県ふじみ野市は埼玉県の南西部に位置し、昭和30年代から東京のベッドタウンとして注目を集め、平成以降はふじみ野駅の開業に伴い開発が進んだという。
今回紹介する『中島かまぼこ店』はふじみ野市の西側にあり、駅から少々距離がある。東武東上線のふじみ野駅や上福岡駅からバスに乗って向かうといいだろう。
ふじみ野駅や上福岡駅の周辺は大規模住宅やショッピングモールが多く、日本におけるモータリゼーションの歴史を肌で感じることができる。この周辺は現在でも多くの商店街が残っているが、全盛期に比べると店舗数は少なくなってきているようだ。
『中島かまぼこ店』がある大井ショッピング商店会もかつては道の先が見えないほど買い物客で溢れていたというが、現在営業するお店は5、6軒に減少している。
以前は100mほどの細い道に店舗がひしめき、鮮魚店や青果店など同じ業態のお店が2軒以上あったそうだ。通りはアーケードに覆われていたが現在は撤去されている。商店街に人が少なくなったのはショッピングモールや複合施設が建ちはじめた頃なので、およそ20〜30年前くらいからだと推測できる。
大井ショッピング商店会に残るお店は人気店が多く、『中島かまぼこ店』をはじめとして、その隣の海鮮料理店『大広』は新鮮な魚を使ったランチが好評でお昼どきは連日満員、さらにその隣の『うさぎや』というパン屋さんは昔ながらの味わい深いお惣菜パンが人気だ。『中島かまぼこ店』向かいにある精肉店『倉元精肉店』もお値打ち価格で品質が高いお肉を購入でき、お惣菜も好評を博しているという。
ユニークな変わり種を揃える『中島かまぼこ店』
『中島かまぼこ店』は昭和45年(1970)に創業、50年以上の歴史を誇る地元に根付いたおでん種専門店だ。店主は東京の蒲鉾店の象徴でもある築地の佃権で修行した後、ふじみ野市で独立を果たした。
店主が手づくりした揚げ蒲鉾のおでん種を多数揃えているだけでなく、店頭で煮たおでんも販売している。夏場は若干品揃えが限定的になるが、美味しいおでんを通年楽しむことができる。『中島かまぼこ店』の味を求めて、地元のお客さんはもちろん、越谷など遠方から通うお客さんも多いそうだ。
店内には自宅調理用のおでん種が並んでおり、パン屋さんのようにトングとボウルで好きなおでん種を選ぶことができる。これは閉業した浦和の「増田屋」(閉業、埼玉県さいたま市浦和区高砂2-12-5)、与野の増田ヤと同じで、埼玉県のおでん種屋さんがよく採用している方式だ。
自分のペースでおでん種を選べるのはストレスがないし、好みの形のものを選べるのも嬉しいところだ。この日に初めて来店したというお客さんは「子どもの頃に通ったお店と雰囲気が一緒で懐かしい」と目を輝かせながら吟味していた。
『中島かまぼこ店』の特徴のひとつは変わり種が豊富なことだ。その変わり具合は他店に比べて群を抜いており、骨付きの鶏肉(いわゆるチューリップ)をすり身で包んだ「チキン巻」やじゃがいもが丸ごと入った「ジャガ巻」などがある。また、他店でもたまに見かける黒胡椒を混ぜた「コショー入」はかなり辛味が強く、辛党の方にはぜひおすすめしたい。このほか、東京でも数軒しか取り扱っていない鶏卵が丸ごと入った「バクダン」や巾着にさまざまな具材が入った「ふくろ詰」などユニークなおでん種が揃う。
揚げ蒲鉾以外につみれや魚のすじも手づくりしている。はんぺんは千葉県銚子の『嘉平屋』の菊水、焼きちくわは青森県の『丸石沼田商店』のものだ。
ちくわぶは埼玉県桶川の『黒澤商店』、白滝は埼玉県北足立郡の花吹食品のものだった。以前、ちくわぶはパック包装されていない通称「ハダカ」のものだったが、長年仕入ていたこんにゃく業者が廃業してしまったため切り替えたという。ハダカのちくわぶは下茹でしなくても柔らかくもちもちで、根強いファンがいる。
店頭のできたておでんは汁の色が染まっていて美味しそうだ。出汁は鰹節と昆布で取り、汁は毎日取り替えている。地元のお客さんだけでなく、バイカーもツーリングの際に味わっていくことがあるという。
お持ち帰りもできるが、その場で食べることもできる。発泡容器に入れてくれ、お箸やからしも付けてくれる。歴史を深く刻んだ商店街を眺め、季節の移り変わりを肌で感じながらおでんを楽しむ。なんて素晴らしいロケーションなのだろうか。
昆布が強めの合わせ出汁はスタンダードな味付けながら、心も身体も解きほぐしてくれるようなやさしい温もりを感じる。大根はしっかり味が染みていて、練り物は本来の持ち味の弾力がしっかりと感じられる。それぞれが最高の状態に仕上がっている。
今回取材に応じていただいたおかみさんは非常に気さくな方で、柔らかい笑顔が素敵な方だった。3人の息子さんを育てながら50年間お店に立ち、街の移り変わりを見つめてきた。おでんを味わいながら、おかみさんのお話をうかがうのは非常に貴重なひとときだった。
『中島かまぼこ店』のおでん種
『中島かまぼこ店』では店頭のおでんを味わいつつも、自宅用に10種類を購入した。
時計回りに12時から、シソ入、七味入、魚のすじ、ジャガ巻、シューマイ巻、チキン巻、モヤシ、コショー入、ギョウザ巻、ふくろ詰(中央)。
さらに店頭調理のできたておでんもお持ち帰り用として購入した。お持ち帰り用の際はポリ袋におでん汁とともに入れてくれ、輪ゴムでしっかりと包んでくれる。持ち帰る際に漏れる心配がない。
鍋に出汁と調味料を入れ、煮えにくいものからおでん種を投入していけば完成だ。変わり種の存在感がすごいが、どのような味かは食べてからのお楽しみだ。
作り方の詳細は「東京おでんの調理方法」を参考にしていただきたい。
まずは圧倒的なボリュームのジャガ巻を味わってみよう。じゃがいもは中まで火が通ったホクホクの食感だ。すり身は弾力があってじゃがいもの主張に負けていない。ボリュームがあるのでパートナーや家族と分けて食べてもいいだろう。
チキン巻は魚のすり身に骨付きの鶏肉が入った変わり種だ。鶏肉のジューシーな脂がたっぷりと詰まっているが、意外にさっぱりといただける。黒胡椒をかけて食べても美味しそうだ。ジャガ巻と同じように、育ち盛りのお子さんに人気のおでん種に違いない。
コショー入は3個が串に刺さった形で提供される。黒胡椒が大量に混ぜ込んであり、辛党の方にはおすすめのおでん種だ。すり身の弾力がしっかりしており、噛めば噛むほど黒胡椒の風味とすり身の味わいが広がっていく。
ふくろ詰も非常にユニークだ。油揚げの中に白菜、白滝、椎茸などさまざまな具材が入っているが、さらになると巻、揚げボール、お麩が入っている。バラエティ豊かな味わいを楽しめるが、白菜の瑞々しさや椎茸の芳しさ、練り物のうまみなど非常に味のバランスがいい。
モヤシは『中島かまぼこ店』の人気おでん種のひとつで、ボール状のすり身の中にもやしがたくさん混ぜ込まれている。しゃきしゃきとした食感が気持ちよく、すり身との相性も抜群だ。
魚のすじは自家製のものだ。すり身は滑らかで、煮るとよりそのソフトな食感を楽しむことができる。ときおり感じるこりこりとした軟骨の食感も心地よい。
七味入は七味唐辛子と刻んだ人参と長ネギが混ぜ込まれている。七味唐辛子の香りが素晴らしいが、辛さもなかなかのもの。人参が甘みを加えており、魚のすり身とあわせて味に深みを与えている。
シソ入はふんだんに混ぜ込まれた青紫蘇の香りが素晴らしく、非常に清涼感がある。すり身の味を邪魔せず、むしろ引き立てている。
ギョウザ巻は魚のすり身に餃子が丸ごと入ったおでん種だ。『中島かまぼこ店』ではすり身の両端から餃子が飛び出ているタイプだ。餃子はにんにくの臭みを感じず食べやすい。おでん汁を吸い込んで柔らかくなった餃子の皮も味わい深い。
シューマイ巻は焼売を魚のすり身で包んでいる。焼売の餡がたっぷり詰まっていて、挽肉に豊かな甘みがある。すり身の厚みもほどよくあり、両方の美味しさを同時に味わえる。
店頭で調理したできたておでんも食べてみよう。大根はしっかり芯まで火が通っていて、おでん汁も染み込んでいる。箸がすっと通り、非常に柔らかい。口に含むとじゅわっと汁が溢れてくる。
玉子は表面が褐色に染まり、じっくり煮込まれていることがわかる。黄身のふんわりとしたやさしい味わいが心を和ませ、ぷりっとした食感の白身もフレッシュさが感じられる。
こんにゃくもよく煮込んでいながら、ぷりぷりとした弾力のある食感が残っている。ほのかに感じられるこんにゃく芋の香りも素晴らしい。
厚揚げはボリュームがあり、噛み締めたときに溢れるおでん汁がこのうえなく美味しい。大豆の旨味もしっかりと感じられる。
新旧手を携えながら、伝統の味を守る
『中島かまぼこ店』は店主とおかみさんのふたりで長年営業を続けてきた。店主は80代、おかみさんは70代に差し掛かったが、現在は3人息子のひとりが蒲鉾づくりを手伝っているという。店主の揚げ蒲鉾は昔ながらの弾力がある作りだが、息子さんは今のニーズに合わせて「もっと柔らかいほうがいい」と議論を重ねているそうだ。
息子さんはまだお店を受け継ぐかは決まっていないが、新旧のこだわりが真剣にぶつかり合うのは健全なことだと思う。また、次男の方は建築関係のお仕事をされていて、お店の外壁を安全かつ美しく改築したのだという。
店主とおかみさんの真摯に働く姿は人の心を動かす力があるように思う。ふじみ野市周辺は『中島かまぼこ店』の創業時から随分と様変わりしたと思うが、長年愛され続けてきたお店の味は変わらずそこに存在している。新たな担い手とともに、今後もその味が残り続けてほしいと思う。
『中島かまぼこ店』の基本情報
『中島かまぼこ店』
〒356-0043 埼玉県ふじみ野市緑ケ丘1-4-23
049-263-4173
定休日:日
営業時間:10:00~19:00
取材・文・撮影=東京おでんだね