ミシュランガイド一ツ星を獲得したラーメン界のトップランナー
新宿御苑前駅から地上に出てにぎやかな通りから一本奥に入ると、古びた看板や味のある建物が並び新宿の昔懐かしい面影を残す。そんな場所にあるのが『SOBA HOUSE 金色不如帰』だ。
2006年、渋谷区幡ヶ谷にオープンした「不如帰」は、2018年に『SOBA HOUSE 金色不如帰』として現在の場所に移転した。以来、毎年ミシュラン一ツ星を受賞し続ける。今やラーメン界を牽引する代表的な店だ。
店主の山本敦之さんは、内装業の職人から転身し、杉並区内にあった超人気店でみっちりとラーメンの基礎を身につけたのち、幡ヶ谷に店を構える。以来、誰も作ったことがないオンリーワンの味を目指し続けた。そのなかで今もこだわり続けている食材はハマグリだ。
「当時、貝を使っている店はあってもほとんどがアサリでした。自分がハマグリを好きだったのもあるんですけど『ウマイのに何で使わないんだろう?』、単純にそういう発想でしたね」。
だが、開店してすぐは決して順風満帆とはいかなかった。「幡ヶ谷時代はお客さんが来なくて本当に困っていました。1杯700円のラーメンが1日に5杯くらいしか売れないんだから。毎日、大赤字で。どうしようと思っていました。もちろん当時と今とは食材もスープのクオリティも全然違いますけど、当時からハマグリを使ってました」。
新宿御苑前に移転することになったのは、製麺所が併設できる広い店舗が欲しかったからだとか。幡ヶ谷時代の頃からのラーメンの味をブラッシュアップし、現在は、連日行列をなす。すぐ売り切れてしまうので、だいたい営業時間内に閉店してしまう人気ぶりだ。
ラーメンに合う食材はないか日々探究し続け、今なお安くておいしいラーメンを探究中
山本さんはラーメンに携わってから今もなお、ずっとラーメンのことばかり考えている。どんな食材を合わせたらおいしいのか、どうやったら安価で老若男女、みんなに納得してもらえるラーメンができるのか。かつては週に1、2度店に泊まって研究に明け暮れるということを10年以上続けていたのだそう。
「どこか食事に行ってもずっと頭働かせて、食材の持ってる成分とか特徴を吸収しようと、舌を磨いてきました。だけどラーメンの食材はもう出つくしちゃってるじゃないですか。うちは1杯のラーメンに60種類以上の食材を使うんですけど、今までの知識を総動員させて何と何を掛け合わせるとこうなるっていう試作を繰り返しているんです」。
あらゆる食材の特徴や成分を熟知した山本さんが、トライアンドエラーを繰り返して構成してきた一杯のラーメン。最終的に、行き着いたのは水の重要さだったという。
「例えば、疲れてる時はちょっとニンニクが食べたいとかあるじゃないですか。そういう体に心地よくしみ渡るものを作りたいと、今も勉強中なんですけど。食べてるうちにおいしい(コレを欲していた)! と夢中で食べ進めたくなるようなね。そういうものに合った水が必要なんだってわかったんです」。
つまり、本能に訴えかけるラーメン。そんなものができちゃったら、ますます行列になって希少価値が高まっちゃうじゃないですか!
「お客様には並んでいただいて本当に感謝しかないです。ラーメンって子供からお年寄りまで安くてお腹いっぱい食べられるものだと思うので、おいしさにはこだわりたいんですよ」と、山本さんは筆者にまっすぐな視線を向けた。
濃厚なハマグリと真鯛の出汁が口の中で旨味の波紋を広げて消えない
ラインナップは塩そば、醤油そば、つけそばの3種。どれもおいしいに決まっているが、山本さんが長年練り上げてきた渾身の一杯、蛤と真鯛の塩そば1000円をいただくことにした。一般的にあっさり系の塩そばには、鶏や豚の清湯などを合わせるが、『SOBA HOUSE 金色不如帰』では魚介類だけで構成しているのも特徴のひとつだ。
「スープを飲んで、しみ渡るというか、奥行きが出るようなものにしたかったんです。ハマグリに鶏を合わせたこともあったのですが、鮮魚を使ってみようと。いろんな魚を使ったなかでもインパクトがあった真鯛を選んだんです」。
ハマグリの濃厚な出汁と愛媛県宇和島産の真鯛を惜しみなく使ったスープ、本枯節と真昆布など数種の乾物を使った和風出汁。この3つを絶妙に配合し、奥行きのあるスープに仕上げている。
さらに豊潤で旨味の強いポルチーニオイルと甘酸っぱいゴールデンベリー(食用ホオズキ)ソース、刻んだネギとバジル、ベーコンビッツなどが乗っている。この一つひとつにも記事では明かせないいろんな仕掛けで構成されているのだ。前述の「ラーメンには60種以上の食材が入る」というコメントを思い出し、大きくうなずく。
少し白濁した黄金色のスープを一口飲むと、濃厚なハマグリの旨味が舌を覆い尽くす。そのあとに少し控えめな真鯛が追いかけてくる感じだ。幾重にも広がる味の層は、古刹の鐘の音のごとし。余韻を静かに感じたい。
イベリコ豚のチャーシューは脂の口溶けのよさに驚く。デュロック種はしっとりときめ細かい肉質で、旨味も濃く厚みもほどよいので力強い麺にもよく合っている。ポルチーニオイル、ゴールデンベリーのソースなど個性が強いトッピングがすべて混ざって見事な一体感が生まれ、最後の一滴まで完食してしまった。食べ終わってからもしばらくの間、ハマグリと鯛の旨味が舌にじーんと残っていたのが印象的だ。
醤油そばやつけそばは一体どんな感動を与えてくれるのだろう。きっと飛び上がるくらいおいしいんだろうな、と想像するだけでシアワセ。だけど、土壇場になってまた蛤と真鯛の塩そばをオーダーしちゃう可能性もかなり高いです。まずは整理券が取れてから考えることにするか。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢