間借りからスタート。プロダクトデザイナーと並行してカレー店を営業
2020年3月にオープンした『ケニックカレー』は、かつて東急本店前の『Bar foxy』で間借り営業をしていたことでも知られる。鮮やかなオレンジとグレーで統一された店内に入ると、スパイスの香りがして途端にお腹が減ってきた。迎えてくれたのは、厨房で作業をしていた店主のケニックさん。
ケニックさんは大学では中国の古代史について学んだそうだが、ファッションデザイナーになりたくて文化服装学院の夜間部にも通っていた。「でも、自分が作りたい服では多分ご飯を食べて行けないなって挫折しました」と話す。だが、それが転じてプロダクトデザイナーの道へ。
「カレー店を営みながらiPhoneケースとかマグカップなどを作っています。アーティストたちの作ったキャラクターやデザインありきの商品なので、自分らしさとはなんだろうと思うことがあったんですよ。そういえば、自宅で友達にカレーを振る舞ってワイワイするのが好きだなあと思って、友達が集まれる場所を作りたいと2014年から間借りで店を開きました」。
実は、2019年に香港で『ケニックカレー』をオープンする予定だったが、香港民主化デモが勃発し断念。ちょうど現在の物件が空き、2020年の春に念願の店をオープンしたという。
「そしたら今度はコロナで外出自粛になって街に人がいなくなって、夜7時なのに終電後よりも暗く静かになりました。あんな渋谷は初めてでしたね。孤独に耐えきれなくなった友達が訪ねてくる以外は、毎日、店で書類ばかり書いてましたよ」。
現在は、ケニックさんのカレーを求め、20代の女性を中心にした幅広い層に愛されている。
単独でも美味だが、キーマカレーと魯肉飯を混ぜたらまた食べたくなるおいしさが脳に刻まれた。
メニューを見せてもらうと図解になっていて写真よりわかりやすい! さすがデザイナーだ。ケニックさんの経歴を聞いて、きっとメニューも一筋縄ではいかないだろうと思ったが面白そうなものばかりだ。
「人気!」の文字に惹かれ、選んだのはケニックカレー×魯肉飯1400円。100円のトッピングが無料というので温玉をチョイス。
シナモンなどのスパイス、玉ねぎ、ニンニク&ショウガ、さらにトマトを順に炒め、仕上げのスパイスと茨城県産いも豚の挽肉を加えて煮込んだのがケニックカレー。
「野菜の水分だけで煮込んだこの無水キーマカレーはオリジナルなんですよ。昔から友人に振る舞っていたカレーをブラッシュアップしたものですね」。
魯肉飯は、ケニックさんが台湾で30日間野宿生活をしていたときに、現地の人から教えてもらったというレシピがベースになっているそう。「ずっと同じところにいたから顔見知りの人も出てきて。台湾ってやさしい人が多いんですよ」。
まずはレモンを全体にかけ、ケニックカレーからいただこう。メニューにもあったとおり、辛くはないがものすごくスパイシーだ。シナモンなど甘く清涼感のある香りを強く感じた。カリカリとしたフライドオニオンの香ばしさもいい。もし、辛さが欲しいなら卓上のタバスコかチリパウダーをかけてもよし!
一方、魯肉飯は甘辛くて濃厚な味付け。こま切れと粗挽きの中間くらいのゴロゴロ肉が入っていて、これまたスパイシーだ。スターアニスの存在感を強く感じる。卓上にある花椒をかけるとさらに風味がアップする。
「それぞれを半分くらい味わったら、トッピングを含めて全部よくまぜて食べてみてくださいね」とケニックさん。きれいな盛り付けを壊すのはしのびないのだけど、えいや!と一気にまぜて一口。え〜! 全然違う味わいに変化して、しかもおいしくなってる。
ケニックカレーの塩がビビッと利いて華やかなスパイシーさと、魯肉のゴロゴロとした豚肉と濃厚な甘辛さが融合している。しかもここに高菜やトマトがいなかったら、レモンの香りと酸味がなかったら、この味にはならない。なんだろう、また食べたくなる脳に刻み込まれるようなおいしさ。コレ、クセになっちゃうかも。
「ありがとうございます! 塩味、酸味、甘みとか、そういうバランスは意識していますね。カレーと魯肉飯の味の中で生きてくるのは酸味だったりするので、トマトやレモンをつけているんですよ。あとフライドオニオンの食感もポイントです」とケニックさん。
今日はトッピングを温玉にしたけど、ほかのパクチーや豆腐、キムチ、チーズに変えたらまた違った味が楽しめそう!
カルチャーに溢れていた“ワクワクする渋谷”を取り戻す一助になれたら
ケニックさんにとって、渋谷は青春時代からとりわけ親しみのある街。ところがここ数年の再開発による変化に憂うことがあるという。
「かつての渋谷は最先端カルチャーの発信地だったんですよ。ところが東横線が地下に潜っちゃったり、用事がなくてもなんとなく行くクセがついていたパルコブックセンターがなくなっちゃったりと、僕らの渋谷が変化してきた。クリエイティビティな僕の友達は、用事がないからほとんど寄り付かなくなったそうです。アンテナが高い人たちをまた渋谷に呼べる面白い店を作っていきたいなと思いますね」とケニックさんは語る。
それでもケニックさんにとって渋谷は大好きな街に変わりない。周辺には友人もおり、仕事終わりにフラリと食事や飲みに行く店も多い。
「とはいえ、店が終わる頃には他の店も閉まっていることが多いので、結局はココで飲んじゃうってこともあります。ウチはおひとりさまも大歓迎なんですよ。カレーはもちろんのこと、飲めるスパイスメニューをたくさん用意しています」。
どんな味かな? とわくわくするメニューがいっぱい。ケニックさんによれば、パクチーの根っこ天ぷらは珍味だそう。もし、日常に飽き飽きしているなら一度ケニックカレーへ。スパイスの刺激で喝を入れてみよう。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢