さまざまな風景や修行が凝縮されたお寺
今回訪れた普賢寺さんは、江戸川乱歩や岡本太郎など、数多の著名人が眠る多磨霊園から道一本挟んだところに建つお寺です。
西武多摩川線の多磨駅を出て多磨霊園を目指しのんびりお散歩しながら、普賢寺さんに到着します。境内にはテーブルと椅子が置かれ、参詣者が自由にくつろぐことができます。
ご住職の小野さんはアメリカ留学経験をお持ちということもあって、お寺の掲示板はなんとバイリンガルの国際仕様です。ご近所には東京外国語大学や国際基督教大学(ICU)、アメリカンスクールがあり、外国から訪れた人がお参りすることもあるとか。
お寺のシンボルともなっている庭のもみじや苔、不思議な音を奏でる水琴窟(すいきんくつ)などを楽しみながらお参りします。御朱印をいただきながら、小野さんにお話をお聞きしました。
誰もが救われると説く天台宗の教え
- 小野さん
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天台宗の開祖の最澄さんは、当時遣唐使で唐に渡って、帰国後に日本の仏教独自の戒律が必要であると思われ、比叡山で、誰にでも開かれた新たな戒律を授けられるようにしようと尽力されました。「円頓戒(えんどんかい)」という戒律です。頓は「すぐさま」という意味ですね。それによって日本仏教の裾野を広げる土台を作ったのが最澄さんです。真俗一貫(しんぞくいっかん)という言い方をするんですが、お坊さんと一般人は一貫していて、お坊さんだから救われるのではなく、誰もが救われるという考えから、その後各宗派の開祖たちが宗派を広げていきました。その土台を作っていったのが天台宗だと私は捉えています。
真言宗の空海さんは『十住心論(じゅうじゅうしんろん)』という書の中で、密教が一番大切だと述べています。それに対して最澄さんは「法華一乗(ほっけいちじょう)」といって、法華経を一つの乗り物に例えて、密教や念仏や坐禅など、いろんな学問や修行も1つの乗り物であると捉えています。なので、比叡山には非常に多岐にわたる教えがあります。それこそ文学部も商学部もあれば経済学部もあるというようなイメージでしょうか。
──それが、天台宗が「仏教の総合大学」と言われるゆえんなんですね!
命を賭して行う比叡山での回峰行
- 小野さん
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自利利他円満(じりりたえんまん)」という言葉がありますが、まず僧侶自身が自分をしっかり保たない限りは人も救えないということで、自分自身を利する修行が1000年以上経つ今も続いているのかなと。なので、厳しさっていうのは自分を利する上では、当然併せ持つものだと思っています。
- 小野さん
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回峰行に入る前に、まず下積みの小僧生活を行います。千日回峰行は比叡山の住職の方々のみが許可されている修行でして、私たちのような一般の寺の人間に認められているのが百日の回峰行です。比叡山の無動寺谷(むどうじだに)という場所が根拠地になっていて、その谷のご住職方や千日回峰行の阿闍梨(あじゃり)さんに許可をいただいたらできるんですね。そこでの小僧生活がちゃんとできなければ、回峰行もできるはずがないと判断されます。
- 小野さん
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はい。なので死装束と言われる白装束を着て、自害用の紐も持っています。
- 小野さん
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でも、例えば妊婦さんも出産を命がけでやっていますよね。それは私たちにはできないことですし。あえて死のうと思ってやるものではないけれど、一歩間違えたら死ぬもの、というような感じでしょうかね。小僧生活のときにも、先輩の行者さんが手伝いに来ると、回峰行を満行した人間のオーラは普通のお坊さんと違うなとひしひしと感じました。阿闍梨(あじゃり)さんと呼ばれる千日回峰行者のもとで小僧生活をするのですが、私もあんなふうになりたいなとか、自分自身をもっと磨きたいという気持ちのほうが、死を恐れる気持ちよりも強かったように思います。
小野さん:師匠のあとを追ってとか、チャレンジしてみたいだとか、たぶん目的は人ぞれぞれだと思います。私自身は、悟りたいというよりも、僧侶になる上で宗教体験を積みたいという思いがありました。天台宗では正式な僧侶になる為に最低2ヶ月の修行があるのですが、私の場合、何もわからずに終わってしまいました。ただお経の字面の言葉を話すのと、それを自分の実体験として話すのとは全然違うじゃないですか。自分の言葉で仏教を語れるようになりたいし、宗教体験みたいなものがないまま人に説法するのは、ただ知識を述べているに過ぎなくなってしまうと思っていたので。
──小野さんにとって、僧侶としてあるべき形に近づくために必要な道だったのですね。
比叡山=ディズニーランド説
- 小野さん
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ディズニーランドに行く感覚で、比叡山に行ってほしいですね。
- 小野さん
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私、ディズニーが好きなんですが、ディズニーは日本仏教を参考にしていると思うんですよ。私の完全な持論なんですけど。ディズニーランドって、過去・現在・未来で構成されていますよね。ウエスタンランドのあたりが過去のエリアで、スペース・マウンテンがあるトゥモローランドは未来。そしてエントランスのところで現在の世界にぶつかって帰っていく、みたいな感じじゃないですか。それがまさに比叡山の構成でして。
小野さん:回峰行もそうですが、比叡山は、過去・現在・未来を一周するような構成になっているんです。比叡山は、東塔(とうどう/とうとう)、西塔(さいとう)、横川(よかわ)という3つの地域でできています。
東塔の御本尊は、薬師如来という現世の仏さまですね。現在の私たちの心や体の傷を癒してくれるような仏さまです。西塔は、過去2500年前にお悟りになって、私たちが教えをいただいたお釈迦さんがいる場所です。つまり過去ですね。そして、横川で祀られているのは観音さん。今はまだ菩薩で、未来を救うために動いてらっしゃいます。回峰行では、こうして過去・現在・未来をぐるぐる回って礼拝をします。日吉大社のある坂本というところに降りてまた上がっていく点はディズニーランドと少し違うんですけど、ディズニーランドで時空を行き来するっていうのは、この構成から来ているんじゃないかと思うんです。
あと、ミッキーやミニーやプルート、いろいろなキャラクターがいるじゃないですか。それこそ比叡山に行けば、たくさんの仏さんがいますから。不動明王さんもいれば阿弥陀さんもいるし、お薬師さんもいればお釈迦さんもいる。ディズニーランドで好きなキャラクターのグッズを買って、パレードで手を振ったりするのは、仏さんに焼香しているようなものなのかなとも。私はお不動さんが好きとか、観音さんが好きとかっていうのは、アイドルグループに“推し”がいるようなものかなあと。「何かを推す」という行為は、日本文化に通底しているんじゃないかなあと思います。
- 小野さん
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あと、ディズニーランドは永遠に未完成の夢の国だっていうじゃないですか。完成イコール終わりっていう感覚はまさに近しくて。比叡山も修行も永遠に未完成で、人が変わればお堂の雰囲気も変わりますし、どんどん変化しながらずっと修行が続いているというところも一緒かなと思います。世界平和が最高の理想だけども、人類史上、まだ争いは終わっていません。でも、やり続ける。そこがまさにディズニーの世界観と一緒だなと。アメリカのディズニーワールドと違って、ディズニーランドやディズニーシーは日本人向けにアレンジされているので、こういうエッセンスが入っているはずです。この話をすると、みんな笑うんですけど(笑)。
──笑いに終わらず、そうだったのか……!となりますね!めちゃくちゃ面白いです。ディズニーがやってくる前に文化の下敷きがすでにあって、日本人がディズニーに熱狂するのも故なきことではなかったという。
小野さん:天台宗では、山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)といって、川も草も木も悟れると考えます。人間と違ってそういうものは悟れないよ、というのがもともとの仏教だったんですけど、いろんなものが悟れるというところも、トイ・ストーリーやおもちゃが人物化されていることと共通しているなあと思いますね。
- 小野さん
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そうですね。違うものを違うものとして疎外してしまったら、それはもうただ違うもので排除すべき存在になっちゃいますけど、自分の思想がちゃんとわかれば違いも楽しめると思うし、そのうえで共通点も楽しめれば、対話が生まれると思うんです。
日常はすべて「修行」に変換できる!
- 小野さん
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私も喧嘩してしまうこともありますけど、喧嘩をしても相手と探り合えば、相手の嫌がることも喜ぶこともわかりますよね。違いをちゃんとリスペクトしあうという点では、家庭も修行道場だなって思います。
- 小野さん
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中国の天台宗の開祖の天台大師智顗(ちぎ)さんがおっしゃる「四種三昧(ししゅざんまい)」がそれに重なりますね。修行には4つ種類があって、一つは常行三昧(じょうぎょうざんまい)という、声を出したり歩いたりしてお経を読んだりする行です。もう一つは、ずっと座って行う常坐三昧(じょうざざんまい)。3つめは、それを両方行う半行半坐三昧(はんぎょうはんざざんまい)。そして4つ目が、非行非坐三昧です。そのほか全ての行為です。なので、私たちの生活は全て修行と位置付けることができるんです。
小野さん:一般の方の場合も、みなさんの普段の生活を修行だと思って変換すると、全然違う景色が見えてくると思うんですね。掃除ひとつとっても、衛生的にするものだからといってただやらされるのではなくて、掃除によって自分の心もきれいにしているんだと考えたり、誰かが喜んでくれると思ったりすることによって、自利利他円満な一つの修行になっていくのだと思います。客塵煩悩(きゃくじんぼんのう)という言葉がありますが、お風呂場の隅のように、心は気づかないうちにどんどん汚れていくんですよね。そこをきれいにするっていうことが、一般の方ができる修行の一つかなと思うんです。お寺に行ってお経を読んだり、護摩に参加したり、いろんな手法があります。ちょっと意識を変えるだけで、実は皆さんの生活はお仕事も含めて修行になるし、幸せへの道になると思うんです。
- 小野さん
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そう言っていいと思います。僧侶にとっても、修行をするのは幸せのためだと思いますし。私自身経験しましたけれど、厳しい回峰行の修行も、鮮やかな空を見られるとか歩けるとか、いつもやっているようなことを幸せと感じられる心につながっているので。体はくたくたでやっぱり辛いんですけど、そのときに見る空というのは、もう絶景ですね。そういう気持ちは、誰でも感じられるんだと思います。そのプロセスをちゃんと系統立てたのが修行というものであって、一般の方もそういった意識でやれば、誰でもが感じられるものだと思います。そうでなければ、「誰もが成仏できる」という思想にはなっていないと思うので。
- 小野さん
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日常の家事も含めて全て聖なる行いというか、幸せへの道に転換すると、少し楽になれたりすると思います。食洗機やロボット掃除機を使えば家事は楽になるけれど、その目の前の楽をすることによって失われているものもあるはずで、長期的な幸せ度はちょっと下がっているのではないかと思います。長期的な安寧なる幸せを取るか、短期的な楽を取るか。現代人はそのせめぎあいをしているんですよね。
YouTubeでは得られない「絶対的安心感」
- 小野さん
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護摩はサンスクリット語の「ホーマ」を音写化したもので、火を表す言葉です。火を使ってお不動さんなどの仏さんに供養をします。それによって仏さんの力をいただいて、みなさんに振り分けているというものです。みなさんのお願い事を仏さんにお伝えするものですね。
- 小野さん
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諸説ありますが、インド宗教は火を使う儀式がありましたので、それが仏教でも取り入れられてきたと言われています。殊更、最澄さんや空海さんが渡った唐の都の長安は、今でいえばニューヨークやロサンゼルスのように、多様な文化の交わる都市だったんですよね。そこには仏教やゾロアスター教のほかにも、キリスト教のネストリウス派、同じように火を使うバラモン教も伝えられていました。密教には、そういったいろんな要素を混ぜたものを仏教で捉え直してどんどん先鋭化していったという歴史があります。それを精緻化していったものが、今私たちがしている護摩供(ごまく)なのだと思います。
お話をお聞きしていても立ってもいられなくなり、後日再びお参りして、毎月28日に行われる不動護摩に参加してきました!以下はそのレポートです。
15時から約1時間行われる護摩供養。事前申し込みは不要(お札を希望する人は前日までに要連絡)なので、思い立ったら気軽に参加できます。本堂に向かって左の寺務所のチャイムを押し、本堂へ。護摩木(300円)に願い事を書いて奉納します。小野さんいわく、奉納せず身一つで参加してもOKとのこと。とにかく敷居が低くなっているのが嬉しいところです。
奉納された護摩木が火にくべられていき、僧侶の方々と共に参加者もお経や真言を唱えます。経本にはかなが振られていて、要所要所でタイミングがアナウンスされるので、全く知識ゼロの状態で訪れて大丈夫です。
炎の熱が徐々に高まり、お経と真言が絡み合う中で、自分の声も徐々にそれに溶け合っていく感覚。炎の中から立ち上る香りや堂内に満ちていく煙。そして最後のある瞬間に、びっくりするような未知の感覚が湧き上がってきました。「もう大丈夫だ!!!」みたいなとんでもない安心感というか、すでに願望が事実として叶った感覚というか……。護摩供を終えた小野さんに、激しく興奮しながらその気持ちをお伝えすると「よかったです。厳しさと安心感は混在していますよね!」とのお言葉をいただきました。
小野さんが回峰行の目的は人それぞれとお話されていましたが、きっと護摩供養に訪れた人が感じることも人それぞれ。日常で何も面白いと思えない人や、仏教に全く興味がない人だとしても、この体験をしたら間違いなく強い何かを感じて持ち帰れるのではないかと思います。
- 小野さん
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日蓮宗の方で、神奈川県の名瀬・妙法寺の久住謙昭さんをご紹介します。仏教の経営塾でお会いした方で、真摯な姿勢や実行力をとても尊敬しています。
小野常寛さんプロフィール
1986年 東京都生まれ。都立国際高校、早稲田大学卒業。米 Lewis&Clark College交換留学卒業後、人事・組織のリンクアンドモチベーショングループ、ITベンチャーを経て寺カフェの運営を行う結縁企画を創業。平成19年(2007)比叡山行院にて四度加行満行、平成28年(2016) 比叡山無動寺明王堂にて小僧生活、平成29年(2017) 北嶺回峰行初百日満行、令和 2 年(2020) 普賢寺43世住職拝命。好きな言葉は「感応道交」、「和会通釈」
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取材・文・イラスト=増山かおり 撮影=普賢寺、比叡山延暦寺、増山かおり