時代のニーズにも街のニーズにも!
鯛のないたい焼き屋『OYOGE(およげ)』がオープンしたのは2020年3月。東京ミッドタウンから徒歩4分ほどの場所だ。
新型コロナウイルスが流行り始めるのと同時期の開業だったが、『OYOGE』はテイクアウト専門店で完全キャッシュレス。時代のニーズに合っていたことに加えて、場所柄インフルエンサーが多く来店し、飲食店が苦戦を仕入れられる中で行列店としてスタートした。
店主の渡辺真一さんは、元フランス料理の料理人だ。厨房で働いていたとき、差し入れでもらった有名店のたい焼きが冷めて残念な味になっていた。自分なら洋菓子の手法を使えば冷めてもおいしいたい焼きを作れると思ったのが開業のきっかけだ。
開店準備を進めていた2019年当時はタピオカドリンクブームのただ中。5~10坪のめぼしい物件はタピオカ店で埋まり、ようやく見つかったのがこの場所だった。
お店にお邪魔したのは18時頃、昼間の営業が落ち着く頃だ。この後20時から21時頃にかけて、もう一度賑わう時間がやってくる。1軒目の飲食店で楽しんだ人が2軒目、3軒目の馴染みの店への手土産を買いに来るのだ。
たまたま見つかった物件ながら時代のニーズのみならず街のニーズにも合っていたのだ。
鯛のないたい焼き屋には何がある?
「毎日焼かれることが嫌になり逃げ出したたい焼き」に代わり焼かれているのはイワシ、アジ、アサリの3匹。普段は目立たないけれど日本人になじみのある3匹だ。
フィナンシェをイメージして冷めてもおいしいことを目指したという生地には、アーモンドプードルやもち粉、牛乳、きび砂糖が入る。香ばしい外側はサックリ、中はしっとりとろりとしている。一般的なたい焼きの皮とはもちろん異なるけれど、もっちりとした食感は洋菓子とも違う。独特な生地だ。
オープン以来一番人気のイワシには、クリームチーズを練り込んだ滑らかなつぶあんが入る。「クリームチーズの風味を出すのが目的ではなく、あんを食べやすくするため。」と渡辺さんが話すように、あんの甘さが和らぎ、爽やかさとミルキーなコクが加わり、しっとりとした生地に馴染む。あんを食べ慣れない人でも食べやすそうだ。
アサリにはラム酒をしっかり効かせたさつまいもあんが入る。みずみずしくて滑らかで、いわゆるさついも特有のほっこりとした食感とは異なり新鮮だ。ラム酒の効かせ加減が絶妙で癖になる。
アジには期間限定のあんが入る。2月末頃まではピンク色が華やかな、いちごホワイトチョコレート。甘酸っぱくて爽やかだ。
『OYOGE』のたい焼きは冷めてもおいしいけれど、実はリベイクすればもっとおいしい。オーブントースターで表面がカリッとするまで焼くのがおすすめだ。
完全キャッシュレスは何のため?
完全キャッシュレスは客とのコンタクトを減らすためではなく、むしろサービス向上のためだ。テイクアウト専門店で客と店の人がコンタクトを取るのはほんの一瞬。その時間を現金のやり取りに費やすとコミュニケーションが全く取れなくなってしまう。その数分、もしかしたら数十秒をコミュニケーションというサービスに使えるようキャッシュレスにしたそうだ。
夜の六本木を歩くとき、少し心細さを感じる。そんなとき、暗闇にポツンと灯りをともし、鯛のないたい焼きを焼く『OYOGE』を見つけるとほっとする。ちょっとした言葉を交わして買う夜のたい焼きは、温もりたっぷりだ。
文・撮影=原亜樹子(菓子文化研究家)