必見!脱衣所の天井絵
JR山手線、大塚駅南口から徒歩3分。慎ましげに水色の暖簾が揺れる。こちらが『大塚記念湯』だ。
開業は大正時代の終わり。「年号が昭和に変わることを記念して『大塚記念湯』という名前になりました」と話すのは、店主の安中妙子さん。
現在は安中妙子さんと娘さん二人が中心となって、銭湯と2階にある『サウナニュー大塚』を切り盛りしている。
脱衣所に入ると圧巻の景色が眼前に現れる。筆者も初めてみた時は一人で来たにも関わらず「おぉ!」と声を漏らしてしまった。
天井いっぱいに宇宙の絵。男女の脱衣所がひとつなぎの天井になっているので、宇宙の広大さが途切れることなく感じられる。
そして、宇宙を浮遊する宇宙船は、特撮の世界観で「昔思い描いた未来」みたいな姿をしていて、SFっぽさが満点でワクワクが一気に沸点に。
さらによくみると、壁と天井の境目が直角でなくカーブになっているので、そこにも区切りがないため一層広く見えることがわかる。
宇宙船はSFチックだが、宇宙の風景があまりにリアルだったため、天文雑誌の取材も来たそう。
なぜこんな壮大な絵が銭湯の脱衣所に描かれているのか。店主の安中さんは次のように話す。
「昭和から平成に変わる時に先代が考案して特注しました。宇宙の写真を加工してイラストにするというもので、現在の技術ではもう作れないそうなんですよ」
大正から昭和に変わるときに銭湯の名前が決まり、昭和から平成に変わるときにシンボルが完成するという、改元の度にターニングポイントを迎えるのがこちらの銭湯の特徴だ。
浴室も元々は脱衣所と同じ絵だったとのことだが、浴室のため劣化が早く現在のものに描き変えられたそう。
それでも、宇宙を感じさせる夜空の下、ロケットに恐竜、遊園地に花火といったワクワクを喚起する絵になっていて「初めて来られたお子さんは喜んでいただけますよ」と安中さん。
まさに昭和の終わりから平成の初めに流行した「レトロフューチャー」な雰囲気に包まれていて、この感覚は100軒以上の銭湯を巡った筆者でも、ここ以外で感じたことがない唯一無二のものだ。
バリエーション豊富なお風呂
肝心のお風呂は、寝湯にマッサージ湯に薬湯など広さに比べて種類が豊富。ここにも安中さんのこだわりがあった。
「昔は、どの家にもお風呂があるという時代ではなかったので、生活に必要な場所でした。それが今は、各家庭にお風呂があるので、自宅では体験できないことをという思いで様々な種類をご用意しています」
安中さんの言葉を借りると「一番近くにある気軽なレジャースポット」として、様々な浴槽を楽しめる。
公衆浴場として小さな子供も入りやすい40度弱のお湯から、江戸っ子が好む熱湯(43度設定)まで用意されているうえに、さらには水風呂まである。湯温もバリエーション豊かだ。
乳白色は入浴剤を入れていて、常連さんも飽きないように、日毎に様々な種類が登場するという。
また、「特別な日には、ちょっといいほうじ茶を入れたお湯などもご用意していますよ」(安中さん)と、光熱費が高騰しコストが急激に上がる昨今でも、決して忘れないサービス精神が垣間見えた。
大正から令和を見つめて来た歴史
昭和の終わりから平成初期のような雰囲気が満点だが、脱衣所にはそろそろ文化財になってもいいのではないかというような、おかま型のドライヤーや渋い体重計。
しっかりと歴史を紡いで来た銭湯である証拠が、各所に見える。安中さんも時代の流れを銭湯を通して見つめてきた。
「昔は、お子様を連れて一緒に入られるのは、お母さんばかりだったんですが、最近はほとんどお父さんがお子さんと一緒に入られるようになりましたね」
時代は変わっても、銭湯が人をつなぐコミュニティとしての機能を持つことは変わりない。
大塚記念湯でも「開店の1時間くらい前から、常連さんがお店の前に集まって来られて、いろんなことを喋りながら、開店したら一緒にお風呂に入っていらっしゃいますよ」と安中さん。
さらに「インターネットでお買い物もできますし、いろんな映像や音楽や情報も見たり聞いたりできます。ですが、お風呂は来ないと入れませんからね」と話す。
スマホからどんな情報でもアクセスできる今、銭湯を「体験する」ために大塚記湯に出かけてみてはいかがだろう。
取材・文・撮影=Mr.tsubaking