意外や意外、“辛い”ハヤシライスが食べられる?
銀座三原通りを歩いていると、「“銀座名物”ハヤシライス」と謳う看板が目に留まった。その店の名は『ワイン懐石 銀座 囃shiya』。洋食屋ではなく、懐石料理屋がハヤシライスをウリにしているのだ。「ワイン懐石」というネーミングも少々気になる。
地下1階に続く階段の途中に、愛らしい絵がいくつか飾られていた。そのうちの1枚に、「辛くて美味しい」というコメントが……。えっ! ハヤシライスなのに辛いの?
なぞめく1文に気をとられながら店に入ると、幸運にも限定ランチは完売直前ギリギリだった。席についてランチメニューを見ると、ハヤシライスだけで7種類あり、シンプルな定番ものにいろいろなトッピングがのっている。あ、辛いのがあった!
メニュー表に見入っていると、「うちのハヤシライスにはお肉が入ってないんですよ。なので、ガッツリ食べたい方はハンバーグやチーズ入りがいいかもしれません。辛いものがお好きでしたら、唐辛子や山椒、生姜入りのハヤシがおすすめです」とオーナーシェフの林マサルさん。
ううっ、辛いハヤシライスがめっちゃ食べてみたい……けど、初めてだからシンプルな定番のお味をいただくことにしよう。でもでも、スパイシーなお味がどうしても気になる!
「“からい”や“しびれる”は、刻み唐辛子やハバネロ、タバスコをブレンドした唐辛子ソースや、花椒(華北山椒)の独特の香りとピリッとした辛味が効いている山椒のソースを、定番のハヤシソースに垂らしています。すりおろした生姜を加えたものは、サッパリと食べられますよ。辛味を少し加えるだけでハヤシライスの味が一変するので、ハヤシソースに少しずつ辛味を混ぜながら召し上がっていただくと、味が徐々に変化していくのをお楽しみいただけると思います。どれもクセになるおいしさですよ」。
唐辛子ソースはけっこう辛めとのことなので、注文する際に辛さを調整してもらうといいだろう。
野菜の旨味がギュッと詰まった和風トマトスープのようなハヤシソース
いざ、定番のハヤシライスを賞味。お肉が入っていないハヤシライス、筆者は初体験だ。スプーンでハヤシソースをひとすくいすると、スープのようにサラサラしている。そのお味はトマトの甘みと酸味、カツオ出汁の旨味が絶妙に合わさっていて、口あたりがスッキリしているのに不思議とコク深さも感じられる。
「ハヤシソースのベースには、野菜からとった出汁も使っています。タマネギやニンジン、ダイコンの皮をコトコト火にかけて煮出してカツオ出汁と合わせて、厳選した完熟トマトのペーストを加えています」と林さん。
野菜の皮からも出汁がとれるとはおどろき! 野菜の皮には栄養素がたっぷり含まれているので、カラダによさそう。野菜・カツオ・トマトが織り成す深みのある味わいをじっくり堪能。スプーンを口に運ぶ手が止まらないほどおいしい~!
このハヤシソースには、まだまだ野菜のおいしさが秘められている。それが、ソースの中からゴロゴロ出てくる旬の野菜たち。注文が入るごとに、ハヤシソースを温めながら同じ鍋で生野菜を煮込み始めるため、それぞれの食感と風味がいい具合に残っている。レンコンのシャキシャキ感、スナップエンドウの甘み、赤パプリカのほんのりした苦味などなど、どれもハヤシソースに負けない存在感を発揮している。
林さんいわく、「季節ごとに野菜の品種や産地を変えているので、ハヤシソースの味わいにも微妙な変化がある」とのこと。この店のハヤシライスには“旬の味”があるのかと思うと、何度も足を運ばずにはいられない。
ご飯はたっぷり1膳分盛られており、十分な食べごたえ。プラス200円でご飯大盛りか、さぬきうどんに変更もできるので、ハヤシうどんもぜひいただいてみたい。
『ワイン懐石 銀座 囃shiya』のもうひとつの目玉が、コチラの10食限定・朝採れサラダ。この見栄えとボリューム感は、もはやランチサラダの域を超えていると言えよう。迷うことなく注文することをおすすめします!
大地の香りがする新鮮なサラダにも大満足。野菜のおいしさを余すところなく引き出す林さんは、その魅力をさまざまな料理に変えて教えてくれる野菜マスターのようだ。おかげさまで、ますます野菜が好きになりそうです!
ひと口食べれば幸せになる「ハヤシさんのライス」
2010年にオープンした日本ワインと和食の名店『ワイン懐石 銀座 囃shiya』。ディナータイムはアラカルト以外に完全予約制でコース料理も提供しており、コースの締めでもハヤシライスをふるまっている。
日本料理の職人として長年腕をふるっていた林さんは、かねてから「ワインといっしょに気軽に楽しめる新しい懐石料理の店をつくりたい」と考えており、独立して銀座の地に店を構えた。自らが手がける和食に合うワインを探し求めるうちに日本ワインに行き着き、今や全国各地のワインを取りそろえるようになったという。
「開店当初はディナーだけの営業だったんですが、半年ほど経って常連さんからランチも営業してほしいと要望がありまして。定食を出してもおもしろくないなあと思っていたら、その常連さんが『林さんなんだから、ハヤシライスにしたら?』と冗談交じりでおっしゃったんです(笑)」。
そこで林さんは、和食のように野菜をメインにした和風出汁のハヤシライスを創作。洋食屋のそれとは異なる、和洋折衷のオリジナルの味を生み出した。
コロナ禍で一時閉店していた間には、店の味を家でも楽しんでもらえるようにとレトルト食品「ハヤシのハヤシ」を開発した。コチラはソースだけの商品なので、ソテーまたはボイルした野菜を入れるなど、家にある食材と合わせていただくといいだろう。
どんな時も、お客さんを喜ばせようと工夫している林さん。そんな林さんがつくるハヤシライスはまさに、お客さんが評するように「幸せのハヤシライス」なのだ。おいしい野菜をた~っぷりいただけて、とってもヘルシーで栄養満点。心にもカラダにもうれしいご飯だった。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=コバヤシヒロミ