富美子さんの「おふくろの味」とは
右側、カウンターの外にいるのが女将の富美子さん。厨房にいるのが息子の行雄さん。約10席の小さな店を、親子ふたりで切り盛りしている。
木曽路の創業は今から約50年前で、富美子さんが38歳の時。それ以前も幡ヶ谷で10年ほど、もう少し大きな飲食店を経営していたそうだが、「そろそろひとりで手の届く範囲のお店をやりたい」と店舗を探していたところ、お友達が偶然この場所を紹介してくれたそうだ。
豆腐の上にかかっているのは、ネギとショウガがベースの、ピリッと濃厚なオリジナルのタレ。冷奴のタレひとつとっても、きっちりと手が込んでいる。
料理は皿を指差し「これください」と言えば出てくる。どれも魅力的な品々の中から、己の欲望に忠実に向きあい、まずはこのあたりの品々を選んでみた。
穏やかで優しく、究極に心身が癒される味わい。年を重ねるごとに、こういうものこそが本当に美味しいと感じるようになる。
カスベとはエイのことで、特に北海道ではよく食べられる食材だそう。こっくりと甘辛く煮付けてあり、肉厚でふわりとした身から、コリコリとした食感が楽しいエイヒレ部分まで、一皿で幅広い味わい違いを楽しめるのも嬉しい。
木曽路を支える、富美子さんの「おふくろの味」はすべて、料理上手だった義理のお母様に教えてもらったものなのだとか。13歳のときに実のお母様を亡くされた富美子さん。昔の嫁姑の関係だから当然厳しくもあり、お姑さんが「黒」と言えば白いものも黒という時代だったそう。しかしそれが今、こうして富美子さんの生きる糧になっている。そのことをものすごく感謝していると話してくれた。
木曽路という店名に秘められた想い
ところでこの店を初めて訪れた夜、何気なく「木曽って長野県の地名でしたっけ? ご出身なんですか?」とお聞きしたところ、富美子さんが、『木曽路』という店名の由来を聞かせてくれた。それがなかなかに壮絶なエピソードだった。
富美子さんは福島県出身で、木曽とはなんのゆかりもない。太平洋戦争末期の1945年、富美子さんは郡山の女学校に通っていた。空襲が相次ぐ街で「勉強半分、挺身半分」と言われ、近くの軍需工場で手を油まみれにしながら飛行機部品を作らされる日々だった。
そんなある日、富美子さんとその同級生が、陸軍飛行場に集められた。理由は、特攻隊員として戦地に向かう青年たち12名の見送り。「戻っては来られないだろう」と思ってもそんなことは言えず、涙をポロポロと流しながら、ただ握手した青年の胸には“木曽”の文字があった。その記憶は富美子さんの中に強く残り続け、この店を開く際、「彼らの魂が少しでも安らかになれば」と、店名にしたのだという。
あまりにも悲しくて切ない話だが、富美子さんはあっけらかんと話してくれた。だからこそ、その強さに感動するし、勇気ももらえる。こんなにも貴重な話を飲みながら聞かせてもらえる木曽路、本当にすごい酒場だなぁと思う。
息子さんの協力により、さらなる進化を遂げた店
息子の行雄さんは、かつてはこの店の隣で、洋酒やワインが中心の洋風創作料理屋を営んでいた。ところがあるとき、富美子さんが怪我をしてしまい、それをきっかけに店を閉めて『木曽路』を手伝うようになったのだとか。
こちらのオムレツは行雄さん作。これ、実は前日に残った富美子さん手作りのひじきの煮付けを行雄さんがアレンジしたもの。具にチーズなども加わっていて、どこかキッシュのようでもあり、不思議な美味しさの親子コラボ料理だ。
写真やイラストは、どれも行雄さんの作品。博識で会話の引き出しも多く、行雄さんとの会話を楽しみに来るお客さんも多いのだ。
サービス精神が旺盛すぎる行雄さん。芋焼酎の水割りを頼むと、でっかいグラスに、ロックくらいの濃さでやってきた。これは酔うな〜!
さらにすごいのがワインで、たぷたぷで受け取るのがやっと! そして「ワインに合うと思いますよ」とすすめてもらったのは、行雄さんが焼いた自家製のパン。香ばしいパンの風味とチーズの塩気、そこに合わせるのが、なんとバラのジャム! おふくろの味から先鋭的な創作料理まで、まるでジェットコースターのような楽しみ方もできるのが、『木曽路』の奥深さなのだ。
店主からのメッセージ
「うちは外から中が見えないから入りにくいでしょ? 最近来てくれるようになった若い女性のお客さんもね、『何度もお店の前を通って気になってたんだけど、今日やっと勇気を出して入ってみたんです』って言ってくれてね。私も『入ったからには逃がさないわよ』なんて(笑)。だけどそうやって一度入ってくださると、長く通ってくれるようになる方は多いですよ。私、お客さんとの関係って、ご縁だと思うの。ご縁があればお付き合いが始まるだけ。そんな感じでのんきにやらせてもらってますよ。本当はもっと宣伝したりしなきゃいけないんだろうけど(笑)。
若い方で、おじいちゃんおばあちゃんがいない人も多いじゃないですか。だから、私みたいな人に悩みなんかをいろいろ話すと、ほっとするみたいね。なかなか親兄弟にだって言えないこともあるじゃないですか。だから私、なんでもお話を聞いてあげるの。それに対して、私が経験したことからアドバイスができることがあれば言ってあげるしね」(富美子さん)
富美子さん、行雄さん、ごちそうさまでした!
『木曽路』店舗詳細
取材・文・撮影=パリッコ