古き良き昭和の古民家を活用したリノベーション施設
京急本線北品川駅から徒歩4分、JR品川駅からでも徒歩10分ほどのところに、2021年に誕生した“SHINAGAWA1930”。戦前に建てられた古民家群をリノベーションした複合施設だ。日替わりの店長が営業する『ソーシャルカフェPORTO』、日本酒の古酒・熟成酒の専門店『いにしえ酒店』、親子でゆったり過ごせるカフェ&コワーキングスペース『Mama PlusCafe』などが入っており、各種イベントも開催される。
今回伺うのは、『ソーシャルカフェPORTO』でランチ営業する『カレーと紅茶 ミカサ』。月・火・水の週3日、本格的なスリランカカレーと店主こだわりの紅茶を提供している。
砂利道の路地へ入ったところにある『PORTO』の入り口は、小学生が「ただいまー!」と叫びながら引き戸を開けてぽいっとランドセルを家の中に放り投げ、踵を返して遊びに駆け出す、そんな昭和な光景が頭に浮かぶような、普通のお家の玄関だ。入るときに思わず「靴のままでいいんですか?」と聞いてしまった。
店内はリノベーションがされていて、窓や階段に昭和の風情を残しつつ、モダンさも感じられる造り。昔の裸電球のようにも見えるおしゃれな照明のやわらかな灯りが温かい。この空気感、長居してしまいそうだなぁ。
おかずがいっぱいのった本格スリランカカレーには和のアレンジも
『カレーと紅茶 ミカサ』のフードメニューはおまかせスリランカ風プレート1000円のみとシンプル。ドリンクは紅茶のみと、こちらもシンプルだ。
大きなお皿の真ん中に盛られたのは香り高いバスマティライス。それを取り囲むように、カレー、サラダ、お惣菜がお皿からあふれそうなほどに盛り付けられている。
「よ~く混ぜてお召し上がりください」とメニューに書いてあったが、初めて見るお総菜もあるので、まずはひとつずつ確かめてみたい。
まずはチキンカレー。スパイス感ががっつりあって、食べた瞬間より少したってからじんわり辛さが追ってくる。その隣の黄色いパリップ(豆のカレー)はまろやかでやさしい味わい。油を一切使ってないヘルシーなカレーだ。
そのまた隣は見た目がちょっと日本のお惣菜みたい。「切干大根の福神漬けです」と教えてくれたのは、店主の茨木直子さん。「スリランカではモルディブフィッシュという日本でいうかつお節をよく使うので、和の食べ物とも相性がいいと思って。醤油とみりんで味付けした、完全に私のオリジナルです(笑)」。日本人にとってはカレーに福神漬けは必須アイテム。粋な和のアレンジだ。
シャキシャキな水菜のサラダを挟んで、その隣はキャベツの炒め煮。これも日本のお惣菜っぽいが、スリランカでは野菜の炒め煮は定番のおかずなんだそう。ジャクジャクとした食感で、青唐辛子のぴりっとした辛味が効いている。
最後はほんのりピンク色をしたポルサンボル。ポルサンボルとは、ココナッツのフレークにモルディブフィッシュ(かつお節で代用)やトマト、チリパウダー、レモン汁などを混ぜた、スリランカのふりかけ。ココナッツの甘みとチリパウダーの辛味、かつお節の旨味、レモンの酸味、全部がいい仕事をしてる! 極上のコラボだ。
さあ、ひと通り味を確認してみたところで、がっつり混ぜ混ぜしましょう! 全体を混ぜ混ぜして食べるのこそスリランカカレーの醍醐味なんだそう。
福神漬けのコリコリ、水菜のシャキシャキ、キャベツのジャクジャク。スプーンですくった場所の混ざり具合によって、口に入れるたびに違った食感が楽しい! 味も辛かったりマイルドだったり、それぞれのいいところを残しながら、さらに味が重なることでまた新しい味わいが生まれている。
ひと口ごとに味も食感も違うから、飽きることなくいくらでも食べられてしまいそう! おかずのひとつひとつに手間ひまをかけて、丁寧に作られていているからこそ、それが合わさったときにそのおいしさが何倍にもなるんだろう。大きなプレートにあふれるほど盛られていたスリランカカレー、あっという間に完食。ごちそうさまでした!
旧東海道の歴史的文化に惹かれて北品川に
『ソーシャルカフェPORTO』で『ミカサ』がランチを始めたのは2022年7月。店主の茨木直子さんは、『ミカサ』を始める5~6年前にスリランカカレーにハマったという。
「元々紅茶が好きだったんですよ。ある日、水道橋にあるスリランカの紅茶(セイロンティー)の専門店『セイロンドロップ』に紅茶を買いに行ったんですけど、そこはランチも出していて、そこで初めてスリランカカレーを食べて、『これはいい!』と(笑)。野菜をたっぷり使っているし、なんといっても見た目が『わぁ♪』ってなるじゃないですか」。
「これはウケる!」とひらめき、それからワークショップに参加するなどして、いちからスリランカカレーの作り方を学んだ。
店名はスペイン語なんだそう。「『ミカサ(MICASA)』はスペイン語で“私の家”という意味です。自分の家のようにくつろいでください、という気持ちでつけました」。
スリランカカレーのお店なのにスペイン語? とたずねると、「将来的には洋風メニューも出す大衆居酒屋みたいなお店をやりたいと思ってるんです」と茨木さん。「スペインに3カ月ほど住んでいたことがあるんですが、スペインって、生活の機能としてバルがあるんですよ。バルで朝カフェして、昼にも寄ってちょっとお酒飲んで、みたいなのが町の人たちの日常なんです。日本でもそういうお店が作れたらいいなと思って」。
茨木さんは埼玉県浦和のご出身。大学(工学部)で通信技術を学び、大学院卒業後、“スカパー!”の前身であるデジタル放送の会社に就職。「日本で初めてデジタル放送が始まる時期で、その立ち上げに携わってきたんです」。
その後も、BS、地上波、ケーブルテレビとデジタル放送の技術分野で仕事を続けてきた。「いい仲間にも巡り会えたし、仕事は本当に楽しかった」と語る茨木さん。しかし、だんだんと「人生は一度きり。やりたいことをやらないと面白くない」という思いが大きくなる。そして会社員の肩書きを捨てる決断をし、飲食店でアルバイトをする傍ら居酒屋を開業するための物件探しを始める。
物件探しで都内を見て歩くなかで、北品川を訪れたときに、「ここだ!」という、なにかの縁のようなものを感じたという。「旧東海道という歴史的文化があり、懐かしい風景があって、お年寄りから若い人まで、みんながこの街を大切にしてる雰囲気をすごく感じます。そういうところに惹かれたんだと思います」。
そして北品川に的を絞って物件を探しているなかでSHINAGAWA1930を知り、まずはスリランカカレーのランチから始めてみることに。週に3日、ランチ営業をしながら現在も居酒屋の物件探しを続けている。
「最終的には居酒屋をやりたい。やっぱり旧東海道沿いで見つけたいです。ただ料理を出して終わりっていうんじゃなくて、コミュニティスペースみたいな、そういう感じのお店にできたら」。
飲食店を開きたいという思いの原点は、会社員の頃のお花見宴会だという。「私が会社に入った頃は大人数で会社の宴会が行われていた時代で、新人の頃から毎年お花見を仕切らせてもらってたんですよ。その中で、メニューはどうするだとか、会費はいくらぐらいもらって、どうやりくりしなきゃいけないとかを考えて、手配して。それをみんなが喜んでくれて、楽しくお酒を飲んでるっていう光景が大好きで(笑)」。
茨木さんが近い将来開くであろう居酒屋は、きっと毎日がお花見のような楽しいお店になるんだろうな。楽しみにしてますね!
取材・文・撮影=丸山美紀(アート・サプライ)