予算1000円!旅とは
我が家の電子レンジが壊れたことにはじまる。旅行に行けるその日まで残そうと決めていたお金が最新家電へ注がれてしまった。そのショックと出かけられないストレスが沼の化身になって現れて、私を飲み込む。節約と旅を両立できる場所を求めて、行き着いた先がアンテナショップだった。
ここでアンテナショップを巡る1000円旅、略して「せんたび」のルールを説明したい。
・予算1000円
・予算内ならなにを買ってもOK
・オーバーしたら、自腹
1000円ポッキリでご当地を堪能する品を買う。これだけだ。
長崎県の魅力をギュウギュウに並べる「日本橋 長崎館」
『日本橋 長崎館』は2016年にオープンし、アンテナショップファンや県出身者などお客さまのおよそ半分はリピーターという愛され店。県の物産品を販売している物販スペースに加えて、自慢のお菓子やお茶、お酒が味わえる飲食スペース、観光の相談ができるカウンターやイベントスペースも兼ね備えている。
これまでアンテナショップを巡ってきて、アンテナショップには大きく分けて2種類ある気がしている。商品を絞り込んで洗練した雰囲気でPRするショップと、とにかくたくさん商品を並べるワイワイしたショップだ。『日本橋 長崎館』は圧倒的後者。商品が所狭しと並び、ポップも賑やか。長崎県の魅力を伝えるぞ~という意気込みが棚にあらわれている。
開店当初から働いているという、県出身の井手さんにお店のことを聞いてみる。
井手さん:「当店では長崎県のメーカーさんでお声かけいただいたら、一度は棚に並べる意気込みで商品を扱っています。もちろん一定の基準はありますが、店長がご縁を大事にしているんです。お客さまのご要望もなるべく叶えられるように頑張っていて、まだまだ取り扱いたい商品がたくさんありますね」
隣にいた店長さんが「お店は7年目ですが、やるべきことがまだいっぱいあります。皆さんにもっと長崎県のおいしいものや、知られざる魅力を伝えなくては!と日々奮闘中です。最終的には長崎県に来てもらうのが目標ですからね」と話す。熱いぜ!そういわれると、応援したくなってムクムクと物欲が湧いてくる。さっそく店内を見てまわろう。
井手さん:「売上の半分近くを占めるのは、お菓子です。普段のおやつとして地元のスーパーで買うものがよく売れます。チェリー豆に、かめせん、綱揚。まとめて買われる方も多いですね」
前に置かれたカゴと後ろの棚には、お菓子がぎっしり。マイナーっぽいお菓子も揃えている。もちろん、中国伝来の一口香やクルスなどの銘菓もぬかりない。
井手さん:「東京では当店以外では手に入らないものも多いですし、特定のメーカーや商品を目がけていらっしゃる方も多いですね」
県出身者は、甘さ、しっとり加減、弾力、ザラメの粗さなど、細部に至るまでそれぞれの好みがあるのだそう。さらには県内でも出身エリアの違いで推しのメーカーが変わってくるそうだ。奥深い。
井手さん:「名物なら、ちゃんぽん、カステラは皆さんよくご存知ですよね。でも長崎県には他にもいっぱい名産があります。五島うどんや島原そうめんもそのひとつ。地獄だきは大鍋でゆでたうどんをすくって、アゴ出汁とお好みの薬味でいただきます」
五島うどんのコーナーには、うどんをすくうためのすくい棒も並んでいる。長崎県のうどんつゆはアゴ出汁で甘い醤油が使われる。うどんのひとつとっても、発見があるのだ。
井手さん:「めし泥棒は県民で知らない人はいないかもしれません。麦と大豆の甘めのなめみそで、おいしすぎて隣の人のご飯まで横取りしてしまう!のが由来です。ごはんや野菜につけたり、冷奴にのせたりします」
パッケージがチャーミングでそそられる。赤い方はピリ辛で、つまみを作るのにもちょうど良さそうだ。
井手さん:「県出身の方はお醤油を高確率で買っていかれます。私もこちらに住んで20年近くになりますが、このお店ができるまではあの甘い醤油が他では手に入らなくて、実家から送ってもらっていました」
見たことのないメーカー名の醤油たち。しかも、横にはめんつゆ、ポン酢などの調味料もズラリ。横でおばあちゃんやおじさんが迷わず買っていく様子から、その需要を目の当たりにする。
最後に案内してもらったのはお酒コーナー。焼酎の並びにテンションが爆上がりし、壱岐のちょっといい焼酎や季節限定の日本酒にときめく。時期によって変わるが、飲食スペースでは試飲できる銘柄もあるらしい。
30分以上かけて店内をくまなく見てまわり、悩みに悩む。途中で期間限定で長崎館に出店中のお肉メーカーのお姉さまに声をかけられ、推しのカステラや調味料を聞いたりした。
今回も悩みに悩む……。
私の長崎県1000円セット
今回はちょっと変化球でカレーセット!
なんにでもあうカレー 250円
じゃがたらお春 260円
にぼサンバル 540円
しめて、1050円!
じゃがいもの焼酎でカレー飲みをするのだ。
カレーは鯛出汁と昆布の旨みがベースのやさしい味わい。カレーうどんなどのアレンジにも使える、商品名の通りなんにでもあうルウで化学調味料不使用なのもうれしい。使用される鯛は五島列島産。フードロスになる粗を利用していて、環境にも配慮しているのだ。
にぼサンバルを一緒に食べれば、味変してスパイシーに。サンバルはインドネシアの調味料で、橘湾産の煮干しを使っているから、にぼサンバル。インドネシア技能実習生たちと地元農家が作る赤唐辛子を使用しているのだそう。
じゃがいもを原料にした焼酎、じゃがたらお春をソーダ割りにしてカレーをつまみに飲み進める。すっきりとした癖のない味わいで、するりと消えていく。じゃがたらお春は、江戸時代初期に長崎県に生まれ、今のインドネシア・ジャカルタに追放された混血女性として知られ、歌謡曲にもなっている。
ピックアップしたそれぞれのアイテムに、自然と異国の文化や県の歴史が織り込まれていて、食べながら色々と調べてしまった。
1000円オーバー! はみ出し購入品
毎度のことだが、結局1000円で収まらない。
今回ははみ出し購入品として、名物のちゃんぽんをナポリタンにしたちゃポリタンと島原納豆みそを購入した。案内してくれた井手さんが「ちゃんぽんは万能」と言っていたので、買わずにはいられなかった。納豆みそは先に紹介しためし泥棒と同じくなめ味噌(醤油の実)。この2つでもういっちょお酒を飲んでいく。
ちゃポリタンはちゃんぽんに欠かせないかんぼこ(かまぼこ)つき。ケチャップソースもついていて、具材に玉ねぎとピーマンを入れてみた。日本式のスパゲティナポリタンにはむちむち太めんが最適だと思っているのだが、それを見事にちゃんぽん麺で実現している。
かんぼこが庶民のつまみっぽさを醸し出していて、これは焼酎にもあう。
島原納豆みそは冷奴にのせて。納豆と名前についているが、納豆菌は入っておらず想像していたよりも甘みが強く、県民の味覚を感じる。麦のプチプチとした食感が楽しい。
さらに我慢できずに購入してしまったのが、琴海堂の長崎和三盆かすてら。期間限定ショップでお肉を売っていたお姉さまに「私のお気に入り」とすすめられたものだ。しっとりきめ細やかな生地のカステラとは一線を画す味わいで、和三盆の上品な香りと甘さがあり、生地のむっちりとした弾力に驚く。繊細でありながら力強く、卵の贅沢さも伝わってくるカステラは初めてかもしれない。
長崎県の人々は、県外の人が知らないカステラの世界を持っているのだろうなぁ。
ちゃんぽんな食文化を気ままに
長崎県の食べ物は異国の食文化をうまくミックスしていて、まさにちゃんぽん。和洋中に長崎のテイストが加わっているから、食卓に冷奴とナポリタン(ちゃポリタン)を一緒に並べても違和感がないから不思議である。
あれもこれも買って帰って焼酎でゴクリ。ほら、どれもいいつまみだ。
取材・文・撮影=福井 晶