老舗だけど新しい
『プチ・アンジュ昭盛堂』があるのは、府中駅から歩いて10分以上。団地のそばの、ちょっと寂しげな商店街にある。いわゆる地域密着型の、町のパン屋さん。さぞひなびた風情があるかと思えば、ここがなかなか元気なのだ。
こぢんまりした店に入ると、定番の食パンから菓子パン、ハード系にベーグルと、バラエティ豊かな品揃え。種類だけでなく、質も。カレーグランプリで6年連続金賞を受賞した味わいカレーパンは、ブイヨンから作ったフィリングのビーフカレーが、なんともコク深くてうまい。お客さんが次々と訪れてくる、名店なのである。
そんな『昭盛堂』ができたのは、1962年のこと。初代の津金昭男さんが、経堂の『キムラヤ』でパン作りを学んだ後、この地で店を始めた。最初は窯がなく、仕入れた食パンでサンドウィッチを作って売り、それ以外にもお菓子やジュースも扱っていたという。当時は団地も商店街もなく住民もそれほど多くなかったが、駅から離れていることもあり、重宝されたのだろう。
お客さんに合わせて変える
やがて団地が建ち、周辺が宅地開発されると人も増え、商店街が形成されていった。30年ほど前までは、かなりにぎやかだったようだ。
その後、2代目の津金一城(つがねかずき)さんが店に入り、2007年に正式に後をついで、店名も現在の『プチ・アンジュ昭盛堂』に。パンのラインナップも少しずつ変えていったという。
一城さんは、店を継ぐため、フランスに本店のある「ルノートル」というベーカリーで働いていた(現在は閉店)。そこではハード系のパンを作っていたので、『昭盛堂』に入ってからフランスパンを売り始めたのだが……これが売れなかった。
立地を考えれば、確かにそうだろう。お客さんのほとんどは近隣の住民。食べ慣れた日常の味を求める人にとって、フランスパンは手の伸びるものではなかった。それなら、もう少し親しみやすいものをと考え、チーズを焼き込んだチーズフランスを始めたところ、じょじょに動き出し、フランスパンが売れるようになったのだという。
同じような工夫はベーグルでも。柔らかい生地にしたいと考えていたとき、思いつきで窯で焼かずに揚げてみたところ、見事にモチッとした食感になった。さらに揚げパンの感覚できなこをまぶし、「もちもちべー」という商品名で売り始めたところ、これがヒット(トップ写真)。味わいカレーパンに次ぐ、人気商品になった。
新しいことを始めるにも、まずは来てくれる府中のお客さんのことを考えて調整する。地域密着、町パンの正しいやり方だろう。
国立に新しい店舗も
アップデートしたのはパンだけではない。2009年には『プチ・アンジュ国立』をオープン。こちらは府中の店と違い、駐車場を備え、ベビーカーを入れられる広さがある。エリア的に裕福で車移動する人も多く、なかなかの繁盛ぶりだ。こちらではハード系のパンやクロワッサンがよく出るという。やはり、国立らしい。
一方の府中。高齢化が進み、商店街の店も減りつつある。それでも津金さんは踏ん張る。
「物価高でたしかに苦しいんですけど、昔から来てくれるお客さんにおいしいパンを食べていただきたいので。商店街も店が減っているんですが、よく利用していた雑貨屋さんが閉めたときに、すごく寂しかったんですよ。そんな思いをお客さんにしてほしくないので、頑張ろうと思いますね」(津金さん)
高齢化は進んでいるが、子育て世帯も増えているようで、小さい子どもを連れたお母さんをよく見かける。店でも子どもたちに喜んでもらおうと、塗り絵の配布サービスや夏休みスタンプラリーを実施している。状況は寂しいとはいえ、しっかりと前を向いているのだ。
創業から60年。『プチ・アンジュ昭盛堂』の歴史は、まだまだこれからなのである。
取材・写真・文=本橋隆司