台湾本島は南北の最長距離が約394kmあり、東京から大阪までの直線距離に匹敵する。同じ食べ物でも各地で呼び名や食べ方などが異なるが、おでんやさつま揚げも例外ではない。

日本統治時代に持ち込まれた日本の練り製品

明治28年(1895)から1945年までの50年間、台湾は日本の統治下にあった。北部にある基隆(キールン)は日本に近かったため台湾の玄関口として栄え、軍港や貿易港の機能を有する港湾都市となり、大正14年(1925)には日本人が2.5割を占めた。

1930年代の基隆車站付近, Photo by 勝山吉作, 中央研究院

明治末期には蒲鉾やちくわが持ち込まれたが、基隆の練り製品は台湾で随一といわれていた。基隆最大の蒲鉾店だった松元蒲鉾店は大正初期にはすでに営業していたという。また、サメ皮加工の際に余るサメ肉をさつま揚げやちくわとして利用するようになり、昭和12年(1937)に日本水産(ニッスイ)が設立したちくわ工場の年間生産量は150万個に達した。基隆には吉古拉(ジグラ)という筒状の練り物があるが、これは日本のちくわの名残りなのだそうだ(参考:StoryStudio Inc「魚丸、魚餃、甜不辣,到底誰是吉古拉?」何昱泓)。

料理としてのおでんが台湾に持ち込まれた経緯は定かではないが、時期は日本統治時代で間違いないだろう。台北市萬華にある「亞東甜不辣」(台北市萬華區西園路一段56號)の店主によると、おでん(關東煮)は日本統治時代にもたらされ、主に上流階級の料理だったそうだ。一般の人々は以前から慣れ親しんでいた炭火鍋を使った料理にさつま揚げを入れるようになり、それが台湾式おでん(甜不辣)の起源になったのだという(参考:目映台北, 甜不辣、關東煮今晚想吃哪一道?台北 萬華《亞東甜不辣》日日好味)。

おでんやさつま揚げを表す複数の名称

台湾にはおでんを表す言葉がいくつかあるが、有名なのは甜不辣、黑輪、關東煮だ。

台北市大直にある黑輪の屋台, sweetien from Taipei, Taiwan, Oden shop by sweetien in Taipei, Taiwan, Cropped from original, CC BY-SA 2.0

甜不辣(ティエンブラ)は関西以南の揚げ蒲鉾の呼び名である「天ぷら」の音を当てたもので、黑輪(オレン)は「おでん」の音を閩南語(台湾語)で当てた「烏輪」だったが、北京語の「黑」に意訳されたものだ(烏と黑は同じ音)。關東煮(グァンドンジュー)も関西のおでんの呼び名である「関東煮(かんとだき)」が語源となっている。

関西以南の呼び名が用いられているのは、おそらく台湾に移住した日本人の出身地に関係しているのだろう。昭和10年(1935)の国税調査では出身者の多い順で鹿児島、熊本、福岡、広島、佐賀、長崎、山口となり、上位7県で西日本が約46%を占める(参考:簡, 月真. 台湾における日本語の社会言語学的特徴. 環太平洋地域に残存する日本語の諸相 = The Remnants of Japanese in the Pacific Rim. 2003-03-25. 2, p.8)。

甜不辣、黑輪、關東煮、それぞれの呼び分けと違い

甜不辣、黑輪、關東煮、この3つの定義は少々複雑だ。

關東煮はおでん料理を意味するが、甜不辣と黑輪はおでん料理とさつま揚げの両方を指す。これを日本に置き換えてみると、さつま揚げのことを「おでん」と呼ぶような感覚だ。

台湾本島地図:クリックして拡大

呼び分けは地域差による影響が大きい。台北がある北部では甜不辣を用い、台中の中部、高雄の南部では黑輪を用いる。この法則を外れる場合、北部の台北で黑輪を掲げる店は「高雄黑輪」、南部の高雄で甜不辣を掲げる店は「台北甜不辣」と書かれていることが多い。

關東煮はおでんの総称として台湾全土で使われるが、日本式のおでんを指すことも多い。コンビニでは關東煮が使用されているが、単品のさつま揚げの具材として甜不辣や黑輪が登場する。

さつま揚げとしての甜不辣と黑輪はさまざまな料理に使われており、一部の日本人が「台湾風おでん」と称する滷味(ルーウェイ、中国四川省や福建省の発祥とされる香辛料を使った煮込み)や台湾の唐揚げといわれる鹹酥雞(シエンスージー)などでも使用される。

高雄市山水の串焼きの黑輪(烤黑輪片), bryan… from Taipei, Taiwan, Food 烤黑輪, 山水, 高雄 (24265174573), Cropped from original, CC BY-SA 2.0

調理方法やオーダー方法の違いで区別する場合もある。甜不辣はおでんのような煮物の料理が主流となるが、黑輪は煮物の料理のほかに炭火で炙った串焼き料理がある。オーダー方法の特徴としては、甜不辣は数種類が器に盛り付けられて提供されるが、黑輪は1串ずつ頼むことができる。

黑輪では醬油膏(とろみ醤油)と番茹醬(ケチャップ)が使用されるが、甜辣醬(台湾チリソース)や花辣醬、辣椒醬(辛味調味料)などをつける場合もある
黑輪では醬油膏(とろみ醤油)と番茹醬(ケチャップ)が使用されるが、甜辣醬(台湾チリソース)や花辣醬、辣椒醬(辛味調味料)などをつける場合もある

出汁やつけだれの違いも挙げられる。台湾のEBC News(東森新聞)によると、甜不辣の出汁は菜頭(大根)、黑輪は大骨(豚や鶏などの骨肉)、關東煮は昆布を用い、甜不辣のつけだれは甜醬勾芡(とろみのついた甘いソース、もしくは甜面醬)、黑輪は醬油膏(とろみ醤油)と番茹醬(ケチャップ)、關東煮は味噌醬(味噌)を用いるなど違いがある。

また、形状で呼び分ける場合もある。平たいさつま揚げを甜不辣、細長い棒状のものを黑輪として併記するお店があるが、逆の場合もあったり、黑輪、甜不辣ともに両方の形状が存在し、厚さや大きさなどでも分かれるようなのでややこしい。東京でも同じ揚げ蒲鉾であるにもかかわらず「〜天」と「〜揚げ」が混在する現象に近いのかもしれない。

台湾の天婦羅, Richy, TWTempura, Cropped from original, CC BY-SA 3.0

これだけでもややこしいのだが、さらに甜不辣と同じ語源と思われる「天婦羅(ティエンフールォ)」という呼び名もある。天婦羅は揚げたてのさつま揚げにつけだれをつけて食べるスタイルを指す。台湾の玄関口だった基隆の名物であり、日本語の「天婦羅」と同じ字であることを踏まえると、甜不辣よりも古い料理なのかもしれない。また、台中市の北に位置する苗栗では棒状のさつま揚げを「熱狗(ルーゴウ)」と呼ぶ。熱狗は直訳で「熱い犬」、つまりホットドッグを表す。形は黑輪條と呼ばれる棒状の黑輪と似ているが、調味料の配合やすり身の摺り具合で味や食感が異なるのだという(参考:Haka小姐的百味美學)。

さらに台湾の店舗を何十店か調べてみたが、前述の基準にそぐわないケースが多く見受けられた。台湾人のなかでも議論が紛糾しているが、おそらく各地方で独自に発展しながら影響を受け合い、無数の解釈が生まれていったのだと思う。

台湾における魚のすり身の原料

すり身に使用される原料魚はさまざまだ。日本でもお馴染みのスケトウダラやイトヨリダイ、タチウオ、エソのほかに、シイラやナマズの一種であるパンガシウスなども用いられる。

台湾人に人気の大衆魚サバヒー(虱目魚)
台湾人に人気の大衆魚サバヒー(虱目魚)

高雄の近くにある東港ではカジキマグロの黑輪(旗魚黑輪)が有名で、北部の新竹市にある老舗「漁香甜不辣」(新竹市北區大同路97號)ではツマグロ(黑鯊)というサメにこだわっている。基隆もサメ肉の利用が早かったことから、サメ肉を扱う天婦羅店がいくつかある。また、台湾ではサバヒー(虱目魚)と呼ばれる魚の人気が高く、虱目魚丸という名のつみれがある。さらに、コウイカが原料となる花枝丸やスケトウダラを原料とした鱈魚丸など、原料魚の名前を冠した練り物がたくさんある。

魚肉、食塩、でん粉のほかには、砂糖などの調味料、胡椒やニンニク、五香粉などの香辛料、ラードなどを加える場合がある。割合については、魚肉のみにこだわるお店もあれば、あえて粉の比率を多めにするお店もある。

東京で食べられる甜不辣

東京では甜不辣や黑輪を提供する料理店をあまり見かけないが、雞排(ジーパイ、台湾のフライドチキン)を販売するような軽食店で甜不辣を食べることができる。

一例として、豊島区池袋にあるフードコート「友誼食府」の甜不辣を紹介しよう。友誼食府は池袋駅西口(北)の「友誼商店」(豊島区西池袋1-28-6 大和産業ビル4F)に入っている。上海料理や四川料理などの中国系料理店が集まっており、台湾料理を提供する「匯豐齋(えほうさい)」もある。匯豐齋は目黒区祐天寺の本店(目黒区祐天寺2-7-20)から友誼食府に出店しているそうだ。

台湾の名物料理が所狭しと貼り出されているが、そのなかに「台湾さつま揚げ」を発見。「台灣炸甜不辣」とあるが「炸」は揚げるという意味だ。

購入した甜不辣がこちら。奥は雞排でフライドチキン、手前が甜不辣だ。日本のさつま揚げと見た目が異なるが、味や食感もまるで違い、餅のような弾力があるフライドポテトのようだ。香辛料が効いていて、台湾らしい味付けとなっている。

「友誼商店」はビルのワンフロアすべてが店舗となっており、生鮮食品や冷凍食品、調味料、飲料や菓子類などあらゆるものが揃う。大半は中国本土の商品だが、台湾系のものも多い。台湾おでんのつけだれとして使う醬油膏や甜辣醬、具材として使う米血糕、花枝丸、魚丸などが揃っている。台湾の食材や調味料は友誼商店のほか、池袋西口なら「海羽日光」(豊島区西池袋1-37-2)や「陽光城」(豊島区西池袋1-25-2)がある。

台湾のおでんを作ってみた

中国・台湾系の食材店からいろいろと購入し、甜不辣と黑輪、さらに天婦羅などを作ってみた。

日本や東京でも手軽に台湾食材を購入できるようになったが、やはり現地にしかないものもある。また、お店によって味付けは多種多様なので、独自のアレンジを加えていきたいと思う。

台湾北部の甜不辣

まずは台北など台湾北部で愛される甜不辣だ。1人1碗で提供され、盛り合わせのため具材の指定はできない。おでん汁はほとんど入っていないか少量で、最後に甜不辣の碗もしくは別の碗に入れてもらう。

具材はさつま揚げ(甜不辣)、大根、米血糕(豬血糕)あたりが定番だ。また、「千と千尋の神隠し」の料理に似ていると話題になった肉圓(バーワン)がサイドディッシュとして提供されることが多い。

出汁は甜不辣では一般的な大根を中心にして、豚の出汁肉、干し椎茸、キャベツの芯などを加えた。出汁肉は茹でこぼししたあとにニンニクや生姜、青ネギなどを入れて2時間ほど煮る。大根も追加して3時間ほどじっくり弱火で煮込んだ。塩味をおさえて台湾風の薄味にしたが、しっかり出汁が効いているので物足りなさを感じることはない。

キャベツロールは黑輪や關東煮にも多い具材で、レタスの場合もある。台北市萬華の「亞東甜不辣」を真似て、甜不辣とは別皿で提供することにした。中になにも入っていないが、だし汁をたっぷり吸って味わい深く、非常に柔らかい。キャベツの葉を茹で火を通したあと、冷水にさらしてから1枚ずつ芯を叩いて巻いていき、一度絞ったあとに再度巻く。だし汁で1時間ほど煮ればできあがり。

さつま揚げ(甜不辣)は棒状のものと平たいものの2種類で、なかに具材は入っておらず不揃いな形をしている。東京のおでん種専門店では似たものがなかったので、ちくわ以外は自作してみた。

たれは店舗ごとに手づくりのものが多いが、屋台で一般的な海山醬を作ってみることにした。味噌とケチャップ、醬油膏、砂糖、水で簡単に作ることができる。汁はしっかり漉して、青ネギを加えていただく。濃い味のつけだれと合わせると最高に美味しい。

台湾中部・南部の黑輪

次は黑輪。台中や高雄など中部・南部で親しまれ、煮物のほかに串焼き料理もある。具材は鍋に串に刺された状態で煮てあり、1本ずつ注文できる。店主によって切り分けられ、お皿で提供される。

汁が別のお椀で提供されるのは甜不辣と同様だ。醬油膏(とろみ醤油)や甜辣醬(台湾チリソース)、番茹醬(ケチャップ)などのつけだれをかけて食べる。

だし汁は關東煮のように昆布や鰹節をベースとしつつ、沙茶醬の風味を出すべく蝦米(干しエビ)も使用した。具材はさつま揚げの黑輪、大根、椎茸、米血糕、花枝丸、豆皮(湯葉)。

南部のさつま揚げ(黑輪)はすり身を比較的荒く摺っていて硬く弾力が強い傾向がある。また、胡椒や五香粉など香辛料が入っていたり、砂糖が多めで甘い印象がある。ただし、高雄でも北側と南側で異なり、北側は關東煮で使用されるような魚の旨味が感じられるすり身を使用する傾向があるという。

花枝丸はコウイカのつみれで、台湾人には親しみのある食材だ。スープなどによく用いられるが、揚げて調理する場合もある。「花枝」は中国語でコウイカの意味となる。

串焼き黑輪「烤黑輪」

そしてこちらが串焼きの黑輪となる烤黑輪。腸詰や米血糕などと一緒に提供される。写真のような薄く平べったいものを黑輪片と呼ぶが、自作してみたところ実際のものより肉厚になってしまった。

刷毛で表面に醬油膏を中心としたソース(醬油膏、沙茶醬、蜂蜜、五香粉、ニンニク)を薄く塗りながら炙っていくと、甘くて香ばしい味に仕上がる。ピーナッツのパウダーを表面にまぶすと香ばしさがさらに増す。これらは主にケチャップをつけて食べることが多い。

烤黑輪の付け合わせは生ニンニク、生姜と大根の甘酢漬けが一般的だ。甘酢漬けは日本の作り方とほぼ同じで、酢、塩、砂糖を用いる。漬ける時間はかかるが手軽に調理できる。

なお、先ほどから登場している米血糕(ミィシュエガオ、豬血糕)は豚などの動物の血ともち米を固めた食べ物で、黑輪では「米血」と略される。動物の血というと少々気味が悪いが、味はお餅のようで臭みはまったくない。筆者は前述の友誼商店で購入しようとしたが売り切れていたため、新宿区新大久保にある「アジアンストア/華僑服務社」(新宿区百人町2-11-2)で購入した。

台湾のおでん種は日本と異なるものが多く、日本式のおでん料理店でも見たことのない具材を揃えている。食文化の違いを知るうえでよいテーマだと思う。

屏東東港の旗魚黑輪

黑輪といえばもうひとつ、特徴的なものがあるので紹介しよう。高雄の東に位置する屏東東港の名物である旗魚黑輪だ。

旗魚はカジキマグロを意味し、すり身に使用している(上写真は筆者が形だけ再現したものなので別の魚を使用している)。黑輪條と呼ばれる棒状の形状をしており、揚げたてのものにつけだれを付けて食べる。

中には四つ切りにしたゆで卵が入っているのが最大の特徴だ。諸説あるが、1997年頃に洪瑞吉という方が始めた「瑞字號旗魚黑輪」(屏東縣東港鎮新生三路華僑市場美食區)が発祥といわれている。

基隆の天婦羅

最後は基隆の天婦羅だ。サメ肉を使用している店舗が多いようだが、下の写真は別の魚肉で自作している。基隆の練り物は長い歴史があるため、魚肉にこだわり、魚の旨味がしっかり感じられる天婦羅を作り続けている。

揚げたてのさつま揚げ(天婦羅)に甜辣醬などをかけて食べる。基隆廟口夜市の「王記天婦羅」(基隆市仁愛區仁三路16號攤位)が有名で、75年以上の歴史があるという。上に胡瓜の甘酢漬けがトッピングされている。

海を隔てて台湾へ伝わり、現地の食文化を取り入れながら、さまざまなかたちに変化していったおでんとさつま揚げたち。台湾に行く機会があれば、甜不辣、黑輪、關東煮などのお店を数軒覗いて、その違いを探ってみると面白いのではないだろうか。

取材・文・撮影=東京おでんだね