創業70年の老舗ベーカリーの危機
JR大塚駅から歩いて6分ほど。都電荒川線の向原駅からは歩いて1分。マンションが並び、人通りもあまり多くない空蝉橋通り沿いに『大松ベーカリー』はある。
時間の経過を感じさせる外観。店の中に入ってみれば、コッペパンにカレーパン、各種サンドの総菜系などがズラリ並んでいる。見た目も中身も、正しき町パンである。
てっきり店主も高齢なのかと思ったら、そうではなかった。トップの写真、左から西郷弥生さん、弥生さんの夫の剛さん、梶原さんの3人である。剛さんも梶原さんも50代の働き盛りだ。この3人が現店主になるのだが、先代の身内というわけではない。
『大松ベーカリー』は1951年、大野喜久安さんが、この地で始めた。その後、息子の恵一さんが後を継いで近隣で働く人や住民に愛されてきたが、年齢的にキツくなってきたうえに恵一さんの後を継ぐ人がおらず、店を閉めようかということになった。
意外なところから後継者が
しかし、恵一さんと一緒にやっていた弟は『大松ベーカリー』を続けたい。さて、どうするか? そのタイミングで閉店問題のことを聞いたのが、梶原さん。もともと昔ながらのパンが好きだったこともあり、それではと、かつてイタリアンレストランで一緒に働いていて友人だった剛さんに声をかけ、妻である弥生さんとともに立候補。3人で『大松ベーカリー』を継ぐことになった。
そして7年前から店に入って勉強をして、5年前に正式に後継者に。とはいえ、今も学ぶべきことは多い。今も店に残ってくれている、2代目・恵一さんの弟さんから、いろいろと教わっているのだという。
町のパン屋さんを残したくて店を継いだこともあり、パンのラインナップはほとんど変わっていない。逆に復活したものもあるという。こどもパンという、菓子パンの生地にカスタードクリームを乗せたもの。安くてボリュームがあるため、かつては子どもたちが小銭を握って、よく買いに来ていたという。店の近くにはSLのある大塚台公園があるが、そこでムシャムシャと食べていたのだろうか。
お店まるごと継ぐということ
継いだのはパンだけではない。長く働いているパートさんも残ってくれて、お客さんとのつながりも引き継いでいる。常連さんたちはパンを買いに来るだけではない。店員さんとのよもやま話、天気のことや家族のこと、知り合いの近況などなど話がはずむ。パン屋さんは町の社交場でもあるのだ。
『大松ベーカリー』では、今も話し込んでいるお客さんの姿を見かける。町のパン屋さんのあり方も、しっかり受け継いでいるのだ。もちろん、店に立つ弥生さんの明るさもあってのことなのだろうけれど。
年季の入った店だけれど、大きくリニューアルするつもりはないと弥生さんは言う。「みんなに愛されてきたお店なので、そのままでやりたいんです」という言葉に愛を感じる。ちゃんと分かっているんだなぁと感心する。
古いけれども『大松ベーカリー』は、多くの人に愛されている。町のパン屋さんとして、今も現役バリバリなのである。
取材・撮影・文=本橋隆司