コロナが生んだ数奇な運命

大森駅から少し歩くと、昔ながらの居酒屋さんが多い。いずれのお店も焼き鳥やもつ煮などを手ごろな価格で楽しめて、夕方にはサラリーマンたちがワイワイと集まる。

だが、そうしたリーズナブルなお店ばかりが大森の居酒屋のすべてではない。最近では素材にこだわり、静かに日本酒とおいしい和食を楽しめるお店も大森の街には増えている。その代表格とも言えるのが、2021年にオープンしたばかりの『お酒と創作和食を楽しむお店 酒彩 たなか』である。

お店は大森駅から歩いて5分程度だが、周辺は閑静な住宅地。それだけにこの看板を目印に探してみよう。
お店は大森駅から歩いて5分程度だが、周辺は閑静な住宅地。それだけにこの看板を目印に探してみよう。
看板の矢印を頼りに奥へ進むと、モダンなバーのような雰囲気の入り口が!
看板の矢印を頼りに奥へ進むと、モダンなバーのような雰囲気の入り口が!

2021年オープンということは、言わずもがなコロナ禍真っただ中。当時は酒類を提供する飲食店には厳しい時期だったが、そんな逆風の中で開店した理由を田中さんに伺うと、これまたコロナの影響だったという。

明るく広々とした店内はくつろげること間違いなし。カウンター席の他にテーブル席も用意されている。
明るく広々とした店内はくつろげること間違いなし。カウンター席の他にテーブル席も用意されている。

「私はもともと、日本料理の職人として都内にあった山形料理のお店で料理人として働いていたんです。ですが、コロナが本格化してきた2020年ころに、勤めていたお店が東京から撤退することになってしまって。ならば、どこかで働くのではなく自分でお店を出してみようと思って始めたんです」

店主の田中大宣さん(中央)とスタッフの皆様。メニューで迷ったら相談にも乗ってくれる。ホスピタリティは抜群!
店主の田中大宣さん(中央)とスタッフの皆様。メニューで迷ったら相談にも乗ってくれる。ホスピタリティは抜群!

もともと住んでいたエリアに近く、なおかつ手ごろな空き店舗があったことで晴れて開店。店主が30年以上培ってきた知識と経験から裏付けされたおいしい創作和食をメインとするお店が生まれた。

その日一番おいしいものを食べてほしい

メニューを見ると「本日の○○」「おすすめの○○」といった具合に、日ごとにメニューが若干異なるようだ。

田中さんによると「私たちとしてはその日、一番おいしいものをおいしく食べてもらいたいし、おいしいお酒を楽しんでもらいたいという思いが強いんですよね」ということで、アラカルトメニュー以外の料理はその日の食材次第で多少変更することがあるという。「一番おいしいものを食べてほしい」という愚直なまでの思いがこうしたこだわりを生む。

日本料理の職人歴30年以上というキャリアを誇る田中さん。ひとたびオーダーが入ると職人技がキラリと光る!
日本料理の職人歴30年以上というキャリアを誇る田中さん。ひとたびオーダーが入ると職人技がキラリと光る!
お店自慢の、お刺身盛り合わせと酒菜五種盛セット2500円。お刺し身や酒菜の内容には「その日、一番いいものだけ」という店主の思いがあふれている。
お店自慢の、お刺身盛り合わせと酒菜五種盛セット2500円。お刺し身や酒菜の内容には「その日、一番いいものだけ」という店主の思いがあふれている。

お通しの自家製胡麻豆腐500円だけでもその手間暇かけた仕上がりに驚いたが、テキパキと仕上げられていった中で現れたのがこの日のメインである「お刺身盛り合わせと酒菜五種盛りセット」。少しずつ盛られた酒菜はどれもすべて手作りで、田中さんのオリジナルである。

関西方面ではなじみ深い鱧や宮崎の夏の定番である冷や汁などをうまくアレンジして盛り込む辺り、田中さんの熟練の技術とセンスが良くわかる。

すべて手作りの五種盛り。この日のメニューはアユの一夜干し、トマトのおひたし、鱧の親子よせ、冷や汁(宮崎風)とナガイモそうめん、クリームチーズのみそ漬けと日本酒が飲みたくなるメニューばかり!
すべて手作りの五種盛り。この日のメニューはアユの一夜干し、トマトのおひたし、鱧の親子よせ、冷や汁(宮崎風)とナガイモそうめん、クリームチーズのみそ漬けと日本酒が飲みたくなるメニューばかり!
毎日、豊洲で卸したての鮮魚を使用しての刺身盛り合わせ。新鮮さではピカイチだ。
毎日、豊洲で卸したての鮮魚を使用しての刺身盛り合わせ。新鮮さではピカイチだ。

一つ一つが美しく、まるで宝石のように映るメニューはもちろんながら写真映えも抜群。そのため「食べる前のスマホ撮影」が、初めて来店した女性客の定番となっているという。

「見映えがするようには意識していますが、女性にも喜んでもらえるのがうれしいです。インスタ映えすると思うので、来店した際にはぜひ投稿してもらえるとうれしいですね」と田中さん。これだけ上質なセットが2500円というのは破格の値段。大森に行ったら覚えておきたいお店と言えるだろう。

理想の一杯に巡り合うために

店主の作り出したメニューはどれも目にも美しく、食べるとおいしい。そして値段もリーズナブル……と、まさに大森の新たな流れを代表するようなお店と言える『お酒と創作和食を楽しむお店 酒彩 たなか』。

当然お酒もこだわりがあり、山形県のお酒を中心に全国各地から取り寄せ、客の好みや飲みたい種類に合わせて飲み比べセットを提供し、理想の一杯に出合えるお手伝いもしているという。それだけにこのお店で日本酒デビューをする客も最近は増えてきているそうだ。

米どころの山形のお酒はどれも絶品。飲み比べを頼むお客さんが多いのだとか。
米どころの山形のお酒はどれも絶品。飲み比べを頼むお客さんが多いのだとか。

「私たちとしては、おいしいものやお酒を楽しんでもらいたいというだけなので、お酒も好みに合わせて提供させてもらっています。これをキッカケに日本酒が好きになってくれてうちのお店のリピーターになってくれたお客様もいますし、大切にしていきたいと思います」と、田中さん。どこまでもお客様ファーストな目線が印象に残った。

こちらは名酒として名高い十四代。地元山形でも希少なだけに都内で飲めるのはかなり珍しいという。
こちらは名酒として名高い十四代。地元山形でも希少なだけに都内で飲めるのはかなり珍しいという。

最後に田中さんは「正直、かなりわかりづらいところにあるお店だから、迷ってしまう方も少なくないんです。でも、おいしい料理とお酒を提供できるよう毎日頑張っているので、ぜひ一度来てもらえるとうれしいです」と、締めくくってくれた。

日本酒デビューはもちろん、ちょっと大森“らしくない”新しい大森を体験しに『お酒と創作和食を楽しむお店 酒彩 たなか』へ行ってみるのもいいだろう。

住所:東京都大田区大森北1-29-9 MSDビル 1F/営業時間:11:30~14:00 17:00~21:00LO(土は17:00~21:00LO)/定休日:日・祝/アクセス:JR京浜東北線大森駅から徒歩5分

構成=フリート 取材・文・撮影=福嶌弘