新宿歌舞伎町の入り口にあるとんかつの名店
JR新宿駅東口から徒歩3分。歌舞伎町の入り口に建つビルにある「すずや 新宿本店」。2016年に建て替えたばかりという、まだ新しいビルの5階でエレベーターを降りて店内に入ると、スタッフが暖かい笑顔で迎えてくれる。
店内は窓が大きく開放感があり、テーブルや椅子などの調度品は落ち着いた色調と懐かしさを感じるデザインで、居心地のいい空間となっている。
「改築前の店で使っていたテーブルや椅子をそのまま使用しているんです。天井から下がる照明も、前のお店で使っていた歴史のあるものなんです」と教えてくれたのは現社長の杉山元茂さんの娘さんで、常務取締役の杉山草子さん。以前は銀行に勤めていたが、現在は父親である社長をサポートして経理業務を担当している。
「創業者である鈴木喜一郎・華子夫妻が1947年にお惣菜を製造販売する鈴木食品工業を設立、その後、趣味の民芸品を食器などに使った「民芸茶房すずや」を開設しました。そのときに版画家の棟方志功や民芸運動で有名な柳宗悦など著名な人たちが常連客として店に通っていたんです」。
1966年には洋食店「レストランすずや」として営業をはじめ、1991年に現在のとんかつ専門店へ業態変更したんだそう。店内の伝統を感じる雰囲気は、このような歴史からくるもののようだ。
まずは和風とんかつとしていただく
注文したのはもちろんとんかつ茶づけ。たれは定番醤油味、からし醤油味、にんにく生姜醤油味から選べる。今回は定番醤油味をチョイス。
しばし待つと、鉄板に乗せられた揚げたてのとんかつが出される。あつあつのとんかつの上には、大量の炒めたキャベツと刻み海苔。これまで「とんかつにはとんかつソース」と思い込んでいたが、醤油だれが鉄板に焼かれた香ばしい香りに包まれ、一瞬にして幸せな気分に。多くの人がとんかつ茶づけを食べるために足を運ぶという理由がよくわかる。
炒めキャベツと一緒にとんかつを一口いただく。鉄板に熱された醤油だれが染みこんだ衣と炒めキャベツのしっとり感、ヒレ肉の繊細な食感が合わさり、豚肉の旨味が口の中に広がる。さらに醤油味と刻み海苔がアクセントとなるが、意外とあっさりといただける。
ヒレ肉を使っているのは、「ロースと違い脂身が少ないので、均一した品質と味を提供できるため」だそう。確かに脂身が多いと、醤油味との絶妙のバランスが崩れるかもしれない。こんなこだわりが、長年、多くの人に支持されてきた理由のひとつだろう。冷めないうちに残りもいただくことにする。
「とんかつ茶づけは、『すずや』が惣菜屋だったころ、電子レンジもない時代に、冷えてしまったとんかつをなんとか温めて食べたいと思いお茶をかけたことが始まりです。いまではお客さまの7~8割に注文していただいています」と杉山さん。まさに名店の名物料理だ。
〆にとんかつ茶づけでいただく
たれの醤油味の香ばしさと炒めキャベツの食感、さらに豚肉の旨味で食が進み、ご飯もすべていただきそうになるが、ここで一休み。メニューにはとんかつ茶づけをおいしくいただく食べ方がイラストで紹介されている。とんかつ茶づけは初めてなので、そのとおりにいただくことにする。
炒めキャベツととんかつ3切れ、ご飯を少々残して一旦ストップ。ここでお茶を注文すると、すぐに持ってきてくれる。ご飯のうえに残りのとんかつと炒めキャベツをのせ、お茶をかけていただく。鉄板にくっついた醤油だれのおこげも追加。
さっそくいただくと、お茶につかった衣のしんなり食感とこげた醤油だれの味わいがアクセントとなり、高菜がお茶づけご飯を引き立てる。すこし冷めてしまったとんかつも、お茶をかけたことで、ふたたび豚肉の味わいが広がる。脂っこいイメージがあったが、意外とあっさりとした味わいだ。ロースだと脂っこくなってしまうかもしれない。ここでもヒレ肉をつかっている理由を納得。
長く愛される名店には、長く愛される名物料理がある。しっかりと〆までいただき、大満足のとんかつ茶づけでした。
とんかつ茶づけ以外にも気になるメニューがまだまだある。細切りビーフ100%のハンバーグステーキや豚リブロースの鉄板焼きは、とんかつ専門店に業態を変える前に洋食屋だったころの復刻メニューとのこと。次回来たときにはぜひ注文してみたいと思う。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=羽牟克郎