3種類のハラス焼きが名物の焼き魚専門店
青梅街道沿いを西新宿方面に向かって歩いている途中、おいしそうな魚料理が液晶パネルに次々と映し出されるのを見て、思わず足を止めた。雑居ビルの2階にある『焼き魚とろろ専門店 ハラス屋』が、電子看板でおすすめの品書きを紹介していた。
看板のメッセージに惹かれ、「マグロのハラスって、そんなにおいしいの⁉」と思いながら店がある2階へ。雑居ビルの中にあると、店の雰囲気などがわかりにくくて少々不安になるものだが、看板の案内のおかげで気軽に入ることができた。
『焼き魚とろろ専門店 ハラス屋』のオーナー、阿部純平氏は宮城県の女川町出身。実家が水産加工業を営んでいるため、女川港で揚がった新鮮な魚が店に直送される。米や野菜も宮城県の農家から直接仕入れるなど、宮城県産の食材にこだわっている。
名物のハラス焼きは、マグロ・カツオ・サケの3種類。ちなみに、ハラスとは魚の内臓を取り囲むおなかまわりの身のことで、マグロやカツオの場合は「ハラモ」とも呼ばれている。
「マグロやカツオのハラス焼きを出す店って、都内ではなかなかないと思うんですよ」と、店長の小野寺洋一さん。一番人気のマグロのハラスはトロにあたる希少部位なので、ぜひ一度食べてほしいとのこと。カツオのハラスもまた希少で、クセになる味わいだそうだ。
う~ん、定番のサケのハラスも捨てがたいし……と悩んだところで、「損してますよ!」の謳い文句を思い出したので、よし、マグロにしよう!
身はふっくら、皮はパリパリに、香ばしく焼き上げる
今回いただくのは、マグロのハラス焼き定食1500円。定食は、マグロ・カツオ・サケのハラス焼きと、限定3食の赤魚の塩焼きの全4種類で、昼も夜も同じ値段。ごはんは白米か十六穀米のどちらかを選べるので、ヘルシーな十六穀米にした。
ハラスは軽く塩をふって、大型の魚焼きグリルでじっくりと焼き上げる。「魚の種類や仕入れの状態を見て焼き台の高さを調節しながら、皮がパリッとなるまで焼いていきます。魚をグリルに入れたらもう目が離せません」。小野寺さんの絶妙なさじ加減ひとつで、身がふっくら、ジューシーに焼き上がるのだ。
待つこと10分ほど。こんがり熱々のハラスの香ばしい匂いに食欲をそそられる。初めて食べるマグロの希少部位、いただきます!
こんがり焼き上がっているのに身がパサパサしておらず、ふっくら仕上がっているのはお見事。マグロのハラスは身がしっかりしていて脂も十分にのっている。比較的あっさりした脂なので、最後まで飽きることなくいただけた。大根おろしといっしょに食べると、ハラスの身の甘さを一層感じられるだろう。
大和芋のとろろにしらす、日替わり小鉢が2品と、ほかにもおかずが付いていて大満足のボリューム感。これはごはんが止まらない。そして、このみそ汁。すーっごくおいしいので、ぜひとも定食を頼んでほしい。「出汁がすごいんです!」という小野寺さん自慢の1品だ。
「魚のアラから出汁をとっていて、薄くスライスした大根といっしょに1時間ほどかけてよ~く煮込み、そこに三陸産の良質な布海苔(ふのり)を加えています。磯の旨味がたっぷりのみそ汁です」。宮城県の郷土料理ではみそ汁に布海苔を入れるそうで、磯の香りがプラスされ、コリコリした食感もいいアクセントだ。
「お客さんにおいしいものをご提供して笑顔になっていただきたい。お客さんを大切に思う気持ちはどの店にも負けません。素材がいいのでおいしいのはもちろんですが、魚を焼く時に“お客さんへの想い”というスパイスを効かせてるんで(笑)、よりおいしく仕上がっていると思います」
そう言って、小野寺さんはおちゃめな笑顔を見せてくれた。その思いやりのスパイス、しっかりと効いてました!
日本酒が飲みたくなる夜のおつまみも魅力
『焼き魚とろろ専門店 ハラス屋』の正式な店名は『焼き魚とろろ専門店 鮪鰹鮭屋』。マグロ・カツオ・サケのハラス焼きの3品で定食屋を始める時に、オーナーが「ハラス」の当て字を考えて「鮪鰹鮭」にしたという。実に象徴的なネーミングだ。
2016年の開店当初から店を支えてきた金城幸利さんが、当時の様子を教えてくれた。「店の入り口に券売機があってボタンはハラス焼き定食の3つだけでしたが、そのうち宮城県のおいしいものをもっとご紹介したいと徐々に献立を増やしていきました。今は昼も夜も定食を出していて、お酒を楽しめる料理もたくさん揃えています」。
金城さんは元々経理担当だったがホールに入るようになり、お客さんの反応を間近に見るようになって、店で出す魚料理の素晴らしさを改めて実感しているという。
女川町の名産、ほやの料理もそのひとつ。南国風の色と形から「海のパイナップル」と称されるほやは独特の風味がある珍味で、この店では5種類のほや料理をいただける。看板で「クセはあるが中毒者続出!!」と謳っているのを見たら頼まずにはいられない。
ほやは好き嫌いがはっきりと分かれる食材だが、甘み・塩味・酸味・苦味・旨味を一度に感じることができて、この複雑な風味にハマってしまう人も多い(筆者も好物)。日本酒のアテにしたいところだが、仕事中だった筆者は泣く泣く酒を控えた。酒の代わりはお水。少し苦味を感じるほやを食べたあとに水を口に含むと、急に甘みに変わって驚いたので、ほやの不思議な魅力のひとつとしてお伝えしておこう。
「ほや目当てのお客さんも多いので、ランチタイムは状況に応じてですが、できるだけご要望にお応えします」と、小野寺さんは持ち前のサービス精神を発揮してくれる。昼もほやを食べられるチャンスがあるのはうれしい限りだが、やっぱり日本酒がほしい! 今度は夜にゆっくり、ハラス焼きも肴にして一杯やりながら、宮城県の名産の数々を堪能するとしよう。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=コバヤシヒロミ