丁寧に作り続けることで評価される店に
『麺や維新』が横浜から今の場所に移転したのは2013年10月のこと。現在店長を務める池田雄士(いけだゆうじ)さんは、その当時から『麺や維新』で働き、移転オープンから1年ほどで店長になった。
「最初はにぎわっていましたが、半年ほど経つと本当に暇になってしまいました。心配していたら、オーナーが『ちゃんとしたものを丁寧に作っていたら大丈夫だよ』と」
オーナーの長崎康太(ながさきこうた)さんの言葉は程なくして裏付けられる。かの『ミシュランガイド』にビブグルマンの店として掲載され、その後5年連続での掲載となったのだ。当然店は忙しくなり、池田さんも「やっていてよかった」と安堵したそうだ。
『麺や維新』のスープは、比内地鶏、名古屋コーチンの鶏ガラをベースに、豚のゲンコツで厚みを出し、最後の仕上げに羅臼昆布や秋刀魚節などの乾物類をブレンドしている。秋田のブランド鶏、比内地鶏は簡単には手に入らない。オーナーが何度か産地・秋田の工場に交渉して仕入れられるようになったものだ。
貴重な比内地鶏と名古屋コーチンを使うスープ作り。最初の作業は、鶏ガラの掃除だ。えぐみや臭みがスープに出ないように鶏ガラに付着している内臓などを取り除く。慣れるまでは大変な作業で、朝のスタッフ総動員で1時間がかりだという。
丁寧に掃除した鶏ガラを寸胴に入れると、弱火で炊き、灰汁(アク)も小まめに取る。朝9時前後に火入れしてから、夕方5時まで約8時間。途中、豚のゲンコツを加えた20分ほどだけ若干火を強め、最後に魚の節を入れたらまた火を小さくするなど、材料を入れたり取り出したりするタイミングに合わせて火加減を調整している。
「オーナーから言われているのは、30分に1度は味見をして、味の変化を体に染み込ませるようにということです。食材は当然、毎日全く同じではないので、いつもと少しでも違ったら気づけるようにしなさい、と。変化に応じて炊き方やタレの調整を適切に行うようにしています」
目指しているのは誰もが食べ飽きないラーメン
『麺や維新』が目指すのは、男女も年齢も問わず、食べ飽きないラーメンだ。何かの要素を突出させるよりも、バランスのいい一杯になるよう作っているという。「初めてきた人はぜひワンタンの入った特醤油らぁ麺かワンタン麺を食べてもらいたい」と池田さん。特醤油らぁ麺をいただいた。
丁寧にとったスープに加えるかえしは2種類の火入れしない生の醤油とさらに別の醤油で全部で3種類。3年熟成みりんも加えている。油は比内地鶏の鶏油。上品でまろやかな口あたりで、ラーメン全体のおいしさを引き上げている。
麺は三河屋製麺製。細めの平麺で舌触りも喉越しもいい。チャーシューは国産豚の肩ロースと鶏胸肉の2種類。豚のチャーシューは低温のスチームコンベクションオーブンで10時間焼くことで、歯応えがよく、肉の味が凝縮されている。
鶏胸チャーシューは柔らかいだけでなく、どこかサクサクした食感が不思議。鶏胸肉といえば、ギシッと肉の繊維が詰まったものというイメージを持っていたのが、覆された。
人気があるというワンタンも薄めの皮に鶏むねのひき肉がたっぷり入っていて、食べ応えもある。中の肉汁とともにつるっと吸い込めるように滑らかだ。
オフィス街のラーメン店。コロナ禍には気にかけてくれる常連客も
池田さん自身は、ラーメンも売りのひとつだった飲食企業で働いたあと、本格的にラーメンをやりたいと『麺や維新』に入った。オーナーや当時の上司からは厳しく指導されたが、今や『麺や維新』を任され、横浜で別ブランドのラーメン店を切り盛りするオーナーはたまに味のチェックに来る程度。それというのも池田さんはオーナーに守るよう言われことを忠実に守りながらラーメンを作っているからだろう。
そして、池田さんが店のカラーとして大事にしているのが接客だ。
「僕らは1日200杯ほどラーメンを作ることもあって、流れ作業になりがちです。でも、お客さんにとっては、大切な1食。当然、必ず1杯ずつ丁寧に作ります」
オフィス街としての顔が強い目黒にある『麺や維新』。コロナ禍の影響は大きく、客入りはもちろん、材料が手に入りにくくなり、さらには人手不足など、次々と難題に襲われ、今もすべてが解決したわけではない。
「そんな時にも久しぶりに顔を見せてくれる常連さんがいることに、助けられますね」と池田さん。
常連客がやってくると食券にマークをつけるなどして、スタッフ間で共有している。「何度もいらっしゃった方は顔を覚えるようにしています。やっぱりお客さんあってのものなので」と接客業の基本を重要視。ちょっとした声がけもするようにしているという。食べ飽きないなじみの一杯を気分良く楽しめる店と言えそうだ。
取材・撮影・文=野崎さおり