お茶も桜えびも、旬真っ盛り! 地元の茶農家と寿司店だからできた、静岡の新・食体験

いよいよ、待ちに待った新茶の季節がやってきました。日本の文化と恵みを色濃く感じることができるこのシーズンは、日本人にとって、そして国内外で暮らす多くのお茶好きにとっても特別な季節。約1ヶ月というわずかな“茶の旬”を肌で感じてもらおうと、各茶の産地では一般客に向けた茶摘み体験が実施され、中には衣装の貸し出しや製茶体験を行うなど趣向を凝らしたものも登場しています。

「新茶の魅力や、茶の産地としての地元の魅力を伝えたい」。そんな熱い想いを持つのは、茶農家だけに留まりません。静岡県・蒲原に店を構える昭和53年創業の寿司店「鮨処やましち」では今年、茶畑とティーテラスを備えた「海と富士の茶の間」と連携し、茶の間で摘んだ生の茶葉を店に持ち込むと、地元の名産・桜えびを合わせてかき揚げにした「茶くらえび」を楽しめる体験プランをスタートさせました。

山崎さんは静岡の食文化の振興に広く貢献してきたことが認められ、県から「ふじのくにマエストロシェフ」の称号を授与された
山崎さんは静岡の食文化の振興に広く貢献してきたことが認められ、県から「ふじのくにマエストロシェフ」の称号を授与された

「新茶も桜えびも、今がいちばんの旬! そして静岡自慢の味覚です。ぜひ全身で体感してほしい!」

満面の笑顔でエネルギッシュにそう話すのは、「茶くらえび」および連携体験プランの発案者である、やましちの女将・山崎 伴子さんです。駿河湾で獲れた新鮮な桜えびやしらすなどを通して、長年にわたり静岡の食文化の振興に努め多くの観光客にも親しまれてきたやましちでは、1年ほど前から通年メニューとして「茶くらえび」を提供しています。

「年に一度の新茶シーズンに、より、ここでしかできない体験をお届けしたくて、お茶摘みと連携させた取り組みを始めました。お客様自身で『茶くらえび』を揚げていただくコースもご用意しています」

現在やましちでは、3種類の体験コースをラインナップ。また「茶くらえび」の持ち帰りサービスも行っています。

「海と富士の茶の間」と「鮨処やましち」茶くらえび体験
①海と富士の茶の間から手摘み茶葉を持参・やましちで「茶くらえび」に調理
②海と富士の茶の間から手摘み茶葉を持参・「茶くらえび」作り体験
③海と富士の茶の間から手摘み茶葉を持参・「茶くらえび」作り体験(静岡ごはん付)
※「茶くらえび」は通年、店内でも提供。茶摘みなしでもオーダー可能。

「静岡の光」を探して再認識した、お茶の価値。山崎さんに聞く「茶くらえび」誕生の舞台裏

静岡に生まれ、幼い頃からお茶は常に身近にあったという山崎さんですが、実はお茶と向き合うようになったのは2年ほど前だそう。それは、コロナ感染症の拡大により日常が一変した2020年の初春のことでした。

「店が休業を余儀なくされ、せっかく時間があるのだから何か新しいことを学びたいと思ったときに、目に留まったのがお茶だったんです」

「コロナ禍でいち早くオンライン茶会をされていたのが『海と富士の茶の間』の本多さん。それにも参加しました」と山崎さん
「コロナ禍でいち早くオンライン茶会をされていたのが『海と富士の茶の間』の本多さん。それにも参加しました」と山崎さん

これまでにワインや日本酒も独学で習得。名門ワインスクールに通うために、東京まで新幹線で通っていたことも。「何かを始めるのに遅いことはない! 気づいたときから始めればいいと思うんです」

すっかり観光客がいなくなり、あらためて自分が暮らす街を見つめ直したという山崎さん。「観光とは、その土地の光を観ること」。中国の古い書に由来するそんな言葉を思い出し、“静岡の光”を探すうちにお茶にたどり着いたといいます。

「やはりお茶なくして静岡を語ることはできません。茶畑なら密も避けられるから、この状況下でも多くのことが学べるはず……。そう思ったら4月の1週目にはもう茶の間にいらっしゃる茶師・本多茂兵衛さんの元を訪ねていましたね(笑)」

写真提供:海と富士の茶の間
写真提供:海と富士の茶の間

悩むよりもまずはやってみる、そして自分の目で見て・手で触れ・舌で味わって学ぶことが山崎さんのモットー。本多氏の元で茶栽培の基礎はもちろん、釜炒り茶の作り方や合組を学び、さらには本山、安倍川など、県内のほかの地域の茶農家にも数多く足を運んでは、土地や農家による製法・味・茶との向き合い方の違いを肌で感じてきたといいます。

「茶くらえび」は、人と人とのつながりなければ生まれなかった

「茶くらえび」誕生のきっかけは、そうしてお茶と関わるようになった山崎さんの元に、1軒の茶農家が、冷凍の茶葉を持ち込んできたことに始まりました。突然のことで当初はやや戸惑ったという山崎さんですが、ひとまず小分けにして保存。桜えびと一緒に揚げて店に来るお客様に振る舞ってみると、その愛らしい色合いとほのかに茶が香るかき揚げの上品な美味しさは瞬く間に評判に。

由比の港で開催されるイベントなどでも「茶くらえび」を販売。地元住民の協力を経て商標も取得。
由比の港で開催されるイベントなどでも「茶くらえび」を販売。地元住民の協力を経て商標も取得。

「実は『茶くらえび』という名前はお客様が付けてくださったんですよ。お茶と桜えびだから、『茶くらえび』がいいんじゃない? って。考えてみれば、桜えびだけのかき揚げはいろいろなお店で食べられるけど、茶葉と桜えびのかき揚げはほかでは味わえないでしょう? もしかすると、多くの人に喜んでもらえるかもしれない。きちんと商品にして、もっと発信していかなきゃ! と思うようになりました」

生の茶葉は、摘んだそばからみるみると劣化が進んでしまうため、一般的に市場に出回ることはほとんどありません。いざ本格的に「茶くらえび」を始めようと決心し、茶の間から生葉を譲ってもらったのはよいものの、茶畑が身近にある山崎さんでさえ食材として使うのは初めてだったといいます。

摘みたての新芽、桜えびに小麦粉と水を加えて和え、低温の油でサッと揚げれば「茶くらえび」のできあがり。一口サイズのつまみ揚げにするのが山崎さんのおすすめ
摘みたての新芽、桜えびに小麦粉と水を加えて和え、低温の油でサッと揚げれば「茶くらえび」のできあがり。一口サイズのつまみ揚げにするのが山崎さんのおすすめ

当然、市販の茶の本に保存方法が載っているはずもなく、自身が茶農家で見た蒸し工程を参考に、火が通りきらないギリギリのタイミングでサッと蒸し上げて冷凍保存する方法を模索。蒸したときの茶葉の色、調理したあとの香りや食感なども何度も自分で確かめながら、ようやく納得いくものにたどり着きました。

左が今年の新茶。右が冷凍保存しておいた昨年の茶葉。冷凍保存しておくことで、一年を通して店内でも「茶くらえび」の提供が可能に
左が今年の新茶。右が冷凍保存しておいた昨年の茶葉。冷凍保存しておくことで、一年を通して店内でも「茶くらえび」の提供が可能に

「『茶くらえび』を一緒にやるなら、本多さんしかいないと思っていました」と、振り返る山崎さん。初めて茶園を訪ねたときから、快く畑に招いてくれたり茶摘みをさせてくれたりと多くを学ばせてもらったことはもちろん、その後、茶の間を訪れるお客様に「うち(茶の間)で摘んだ茶葉は、やましちさんに持っていって揚げてもらうといいよ!」と勧めてくれていたことに、感謝の気持ちも大きかったと語ります。

「本多さんからは、多くの人にお茶を身近に感じてほしい、いろいろなかたちで楽しんでほしいという想いが強く伝わって来るんです」と山崎さん
「本多さんからは、多くの人にお茶を身近に感じてほしい、いろいろなかたちで楽しんでほしいという想いが強く伝わって来るんです」と山崎さん

「うちのお店でも、『茶くらえび』を召し上がって帰られるお客様には、ぜひ今度はお茶摘みから体験してくださいねとお伝えしているんですよ。『茶くらえび』や新しいコラボレーション体験プランが、食と観光・茶農家と観光客を結びつける第一歩になれば嬉しいですね。街の中、そして街と外からのお客様との間でも心の通ったいい関係でつながれば、地域コミュニティにも観光産業にも、好循環が生まれる気がするんです」

摘んで、食べて、飲んで。年に一度の新茶シーズンを五感で楽しんで

お茶を知ることがとにかく楽しいと語る山崎さんの表情は、生き生きと輝いています。静岡で生まれ静岡の食に40年以上携わりながらも、2年前に茶の間を訪れるまでは、品種茶があることも、山と平地でお茶の特徴が違うことも知らなかったという彼女ですが、今ではお客様の好みに合わせてオリジナルのアレンジティーを振る舞うこともあるのだそう。

「先日、軽く茹でた新芽に塩を振るだけでごはんのお供としても美味しい、と本多さんに教えてもらいました。こうして知らないことがまだまだたくさんあると思うと、お茶の探求も食に携わる仕事も、しばらくはやめられそうにありません(笑)」

今年は新茶を飲むだけでなく、新芽に触れて、食べて、楽しんでみませんか? 育てる品種や茶畑がある地形の違い、ユニークなサービスなど、地域や農家によってさまざまな体験ができるのも茶摘みの楽しみのひとつです。年に一度の貴重な新茶シーズンを、ぜひ全身で体感してください。

鮨処 やましち

住所:静岡県静岡市清水区蒲原3-3-10
TEL:054-388-2339
https://yamashiti.com/

※新茶摘み体験は「海と富士の茶の間(https://changetea.jp/)」にて要予約
※「茶くらえび」作りの体験プランの問い合わせはやましちまで

写真・吉田浩樹 文・山本愛理(Re:leaf Record)