羊肉をもりもり食べる遊牧民メシ
大きなボーズにかじりついてみると、肉汁があふれる。羊の野味たっぷりだが、臭みはない。蒸し餃子の一種で、中国の小籠包やネパールのモモにも似ているけれど、もっとワイルドだ。手づくりの皮に、荒くみじん切りにされた羊のひき肉と、玉ねぎ、ニラが包まれている。味つけは塩胡椒とシンプルだが、
「あと、これもちょっと加える」
と、小袋を見せてくれたのは、厨房を預かるウチラルさん(35)。モンゴルの合わせ調味料で、日本ではなかなか手に入らないらしい。現地からの直輸入だ。日本に暮らす外国人はずいぶんと増えたがモンゴル人はまだまだ少数、だから調味料などを扱う食材店もほとんどない。とはいえそこはシンプルな味つけのものが中心のモンゴル料理、日本のスーパーマーケットで間に合うものが多いようだ。
続いて「モンゴルでは街でも、草原のゲルでもどこでも出てくる」というモンゴル風の焼きうどんツイウァンが、どかんと盛られて登場。これも麺はウチラルさんの手打ちだ。塩で味つけされた羊肉がたっぷりと入っている。なかなかにコシが強くて食べごたえがある。やっぱり味つけは塩メインで素朴だが、羊肉は噛みしめるほどに旨味がにじむ。
それらに、これまた羊肉を小麦粉の生地で包んで揚げたホーショールを合わせた3種類が、店の人気メニューにしてモンゴルのソウルフード。
「本当に肉ばっかりで」
とウチラルさんは苦笑するけれど、夏場は気温30度を超え、冬は零下30度以下に冷え込む寒暖差の激しい気候の中では、羊肉をもりもり食べることが健康にいいとされているそうだ。モンゴルでは人口の12%にあたるおよそ30万人が牧畜を営み、羊とともに生きている。羊は彼ら遊牧民の、まさに血肉なのだ。とはいえ肉だけでは、ともう一品お願いしたところ、
「だったらポテトサラダは?」
モンゴルでは付け合わせによく出てくる定番サラダであるらしい。ピクルスが入っていて酸味がある。ポテサラはロシア発祥とも言われるが、ロシア文化の影響を受けてきたモンゴルでも親しまれてきたようだ。
こんな料理によく合うのが、スーテーツァイというミルクティー。塩味が効いていて、不思議に後を引く。これもモンゴルの家庭や食堂では必ずポットにたっぷり常備されている国民的ドリンクだ。栄養価たっぷりのモンゴルの果実チャチャルガンを使ったジュースはさっぱりした味わい。
モンゴル料理店は都内にいくつかあるが、こちらのお店は「日本人に寄せていない、現地そのままの味」だそうで、お客の多くは近隣に住むモンゴル人だ。
新聞配達をしながら学ぶ、モンゴル人留学生が住む街
気になるのはやはり「田端」という立地である。山手線の駅の中でも存在感のいまいち薄いこのエリアにナゼ店を構えているのか。聞けば、田端から日暮里のあたりにかけて、モンゴル人がけっこう住んでいるらしい。では、その理由はなんなのか。
ウチラルさんたちお店のスタッフは首を傾げつつも、
「交通の便が良くて家賃が安いからでは?」
「MIAT(モンゴル航空)のオフィスが日暮里にあるから?」
「成田空港から都内に出るのにいちばん安いのが京成本線の特急。だからお金のないアジア系の外国人がこのへんに住むようになったと聞いた」
なんて諸説入り乱れ、
「国技館のある両国に行きやすいから?」
と、モンゴルといえば相撲取りにまつわる話も出てきた。両国へは秋葉原経由で20分だ。ちなみに、お店にはコロナ前、モンゴル出身・逸ノ城関がよく来ていたという。また元横綱・白鵬が、羊の石焼き料理ホルホグをテイクアウトしていったこともあるとか。
「いま日本にいるモンゴル人は留学生が多いのですが、このあたりには日本語学校がたくさんあることが理由かも」
と話すのはお店のオーナーの息子、タイワン・ジャルガルさん(18)。近くの高校に通いながら夕方になるとやってきて、てきぱきと店を切り盛りする。小学校5年生のときに来日したが、いまではすっかり日本にもなじみ、日本人客に料理のことを説明するのも手慣れたものだ。そんな彼いわく、「田端や日暮里周辺には新聞配達をして暮らすモンゴル人の留学生が多い」のだとか。
日本語学校や、外国人を受け入れる専門学校が、新聞社と提携しているのだ。新聞配達のアルバイトをすることで、学費の一部や全額を立て替える制度。かつては日本人の苦学生が多かったが、いまではこんな業界でも外国人の手を借りないと回らないらしい。
「私も学生の頃は、ずっと新聞配ってたよ」とウチラルさん。労働環境の厳しさについて批判もある制度だが、少なくともウチラルさんは「新聞奨学生になったおかげで大学も行けた。毎朝、いろんな日本人と話せたし楽しかった」と言う。
彼女のように新聞を配りながら学ぶ留学生たちが通う学校が、山手線北辺に点在しているのだ。
草原を駆ける民は、日本でも集住しない?
また中古車輸出を手がけるモンゴル人もいるそうで、彼らは中古車のオークション会場がある埼玉によく通う。そこへのアクセスがいい京浜東北線沿いが好まれたのでは……という話も。
いずれにせよ田端も日暮里も、確たるコミュニティーというほどではなく、在日モンゴル人たちは首都圏各地に分散していて「ここがリトル・ウランバートル」というような場所はない。それはもしかして、彼らが誇り高き遊牧民であり、集住せずに歴史を紡いできたからだろうか……なんてタイワンさんに振ると、
「それ、合ってるかもしれないですね」
と呟(つぶや)くのだった。
『イフ モンゴル』店舗詳細
取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2022年4月号より