今日も熱々の焼き小籠包に人が集まる
品川区にある戸越銀座商店街の長さは約1.3㎞。日本でも有数の長さの商店街といわれている。商店街には地元住民とともに、その商店街の明るい熱気に惹かれて、多くの観光客も訪れる。取材は平日にも関わらず、広い年齢層、そして男女の多くの人通りがある。
商店もそんな幅広い層の客層に応えるべく、身近な生活用品から若者向けの雑貨店が並び、その合間に甘味、ベーカリー、居酒屋、料理屋が並ぶ、新旧入り混じった独特の街並みを作り上げている。
今回ご紹介する『龍輝』は、東急池上線の戸越銀座駅より徒歩約8分。隙間なく並ぶ楽しい店頭の風景に目を奪われながら歩くと、赤で彩られた『龍輝』の姿が目に入る。
店頭に設置された小さなガラスケースには、早くもお店の看板メニューである焼き小籠包が10個ほど並べられている。店は奥に細長く、右半分がガラス張りの厨房。左側に壁に沿ってテーブルが並ぶ。
店に足を踏み入れると、いきなり厨房の一番手前、道から見える場所に大きなボウル。そこには焼き小籠包の餡と思しき大量のひき肉が、きらきら光るいかにも旨そうなスープの中に浸されている。
サクサクもっちりがうちの焼き小籠包
一番人気 焼き小籠包はもちろん全部手作り。国産のブロック肉を仕入れ、これをミンチにし、別に作っておいたゼラチンスープに混ぜて約1日かけて作る。
「生地はわざとちょっと厚めにして、作る過程で発酵させているので皮がもちもちしています。そして底が焼いてあるので、サクサク感ともっちり感の両方を皮で味わいながら肉汁を楽しんでもらうことができます」と、そのおいしさの秘密の一端を惜しげもなく話してくれるのは、当店のオーナーの劉輝さん。
解説を聞きつつ、お得な平日ランチセット・鶏粥+焼き小籠包6個820円をいただく。
焼き小籠包は、見た目はとても静かな佇まいだが、決して油断はできない。これまで多くの人たちの口中を灼熱アフアフ悶絶状態に追い込んだ実績のある物件である。
内包される超熱々の肉汁の予感に最高クラスの警戒をしつつ、箸の先で静かに皮を破り、少し汁を小皿に流出させる。それでも十分に熱い小籠包一片に、唇を当てないよう作り笑いのように歯を立てて頬張る。でも熱い、やはり熱い、でもうまい。口中で熱さから逃げようとする意志と、うまうまのスープを楽しみたいという意思がぶつかり合う。
そしてやっとのことで口中が落ち着いたら、セットの鶏粥。あーやさしい。焼き小籠包の肉汁たっぷり汁に比べ、何ともやさしい滋味あふれるお味。ついてきたザーサイの塩味が良い仕事。塩味を感じながら食べる鶏粥の味が引き立ち、食欲をそそる。
このお店はこれがおいしい! そんな店にしたかった
劉さんは中国生まれにも関わらず、来日したあと初めて開店したお店は日本料理であったとのこと。その店は今も五反田で変わらず営業しているという。
「たくさん中華料理店がある中で、ほかと変わらない中華料理の店を新しく出しても仕方がないと思いました。お客さんに愛される店ということを考えたら、日本料理の居酒屋が良いのでは、と考えました」と劉さんはその理由を語る。
しかし日本料理を営業しながらも、「いつか中華料理の店を」と思い続けていたとも。そして2013年、劉さんが来日したばかりの頃暮らしていたこの戸越銀座商店街に店を開店させた。「このお店はこれがとにかくおいしい。そんな看板メニューがあるようなわかりやすいお店にしたかった」。
今や不動の名物となった焼き小籠包は、少年時代を過ごした上海でいつも食べていたもの。朝ごはんによく登場したメニューであったという。当時日本で提供しているお店はあまりなかったが、この子供のころから慣れ親しんだ味をお店の看板メニューとした。
「それほど多くのお店はなかったのですが、当時、おいしい焼き小籠包を出すと評判のお店に何軒も行き、自分の小さなころ食べた味を思い出しつつ、少しずつ今の味に近づけていきました。お店を開いて最初のころは、味の改良をしつつ変化していましたが、数年たってようやく今の味になりました」と劉さん。
何も付けずのそのままがおすすめの食べ方。ただ用意された黒酢に少しラー油を垂らしたものも、一味違ったおいしさが楽しめる。
「熱いから気をつけてね!」と、新しく焼き小籠包が提供されたテーブルのお客さんに向かって劉さんが声をかける。それでも「熱!」という声が聞こえる。このお店で一年中ずっと繰りかえされる光景なのだろう。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=夏井誠