北浦和のイオン裏手のマンション「コミューンときわ」の1階に、『CHICACU(チカク) Design Office & Bookstore』という不思議な空間がある。
外から丸見えのガラス張りの部屋は6畳ほど。片側の壁面には天井まで届くDIY風の本棚があり、デザイン、アート関係の書籍や人文書が並ぶ。明らかに人の息のかかったセレクトで、書店の棚というよりは個人の蔵書のように見える。反対側のテーブルの後ろには女性が座っているが、Macに向き合って仕事をしているようで、果たしてここが店なのか事務所なのか家なのかわからない……。
「『ここは何なんですか?』と聞きながら入ってくる人は実際多いです(笑)」
そう話すのはデザイナーの直井薫子さん。この空間は、実際に直井さんの書店であり、事務所であり、家でもある。ここでは個人の空間を公共に向けて開放する「住み開き」を実践しているそう!
そして直井さんは浦和の伊勢丹やパルコ、大宮駅近くのシェアスタンドなどにも、ポップアップ書店を出店。22年4月には大宮『Bibli(ビブリ)』でシェア本棚の運営も始める。直井さんが本を通じてさいたま市で何をしようとしているのか伺った。
直井薫子
1989年、さいたま市生まれ。多摩美術大学卒業後、デザイン事務所での勤務を経て、2020年に北浦和にデザイン事務所兼書店『CHICACU Design Ofce & Bookstore』を設立。アーティスト活動やPRイベントの企画運営、「市報さいたま」のデザインなど仕事は多岐にわたる。
東浦和出身 で、美大卒業後は都内でデザイナーとして働いてきた直井さん。読書が好きで、「本や言葉に関わる仕事、世の中に何かを残す仕事をしたい」という思いから就いた仕事だったが、その表現の仕事と「街」が結びついたのは2011年の東日本大震災のときだった。
ふるさとを失った人たちの存在を知ったことで、「自分の専門性を生かして地域のための活動をできないか」と思い、知人の編集者が住んでいた葛飾に移り住み、雑誌「ヨコガオ」を出版。街の人との対話を通じて雑誌を作り、雑誌が人と人とをつなげていくことにメディアの面白さを感じたそう。また編集部を置いていたシェアスペースも、各種の地域活動の拠点となっており、「家自体が街のメディアになるのが豊かなことだと感じた」という。その頃芽生えた「別の場所でもローカルメディアとコミュニティブックカフェを作りたい」という思いを、地元に帰って実現したのが今の店なのだ。
「この空間も『本屋のフリ』をしていますが、街のメディアとして、対話の場として活用していきたいと思っています。入居当初は地域のクリエイターが集まったり、みんなでカレーを食べたりする機会もありましたが、その後はコロナの影響でリアルな集いは難しくなりました。状況が落ち着いたら店でのイベントも積極的に行い、地域の人と集まって紙のローカルメディアも作りたいです」
本を選ぶのも一つの自己表現4月に始めるシェア本棚の試み
一方ポップアップ書店などを通じて「公の場ににじみ出ていく」活動は継続中。
最新の試みが、22年4月に始める『Bibli』の「ハムハウス」で始めるシェア本棚だ。
「あの旧大宮図書館の建物は、地域の人なら若い頃に必ず訪れている場所。図書館の空間の懐かしさも感じながら本を選べる場所にしたいと思っています」
そして「私は本を選ぶことも一つの自己表現だと思っています」と直井さん。
「シェア本棚はそれぞれの棚主の表現の場になるし、本を選ぶことは『私はどんな人か』を伝え、『あなたはどんな人か』を知る手立てにもなります。私はデザインアートを学んできた人間なので、人との関係を作るには表現が大切だと思っていますし、街で人が表現する場所、人の接点になる場所を作っていきたいです」
……と話しつつ「ちょっと手を広げ過ぎて大変になってます(笑)」と笑う直井さん。あふれ出る行動力とアイデアがこの文教都市をどう変えていくか楽しみだ。
コミューンときわ
街のコミュニティを育む賃貸住宅
地元のオーナー・船本義之さんが「住まいを中心にしたコミュニティの復活」と「住民交流を通じた街の活性化」を目指して作った賃貸住宅。直井さんの入るSOHO型物件のほかファミリー向け物件もあり、多様な世代が交流して暮らす。●埼玉県さいたま市浦和区常盤10-21-9
取材・文=古澤誠一郎 撮影=米屋こうじ 写真提供=直井薫子
『散歩の達人』2022年3月号より