「うどん屋」から「うどん懐石店」へ。きっかけは、茹でたてへのこだわりと、いい日本酒
1964年、高円寺北で開店。現在の場所への移転やビルの建て替えはあったものの、ずっと手打ちうどんを提供している。2代目店主の近藤さんは、初代である父のうどんを食べて育ち、気づいた頃には自分もうどんを打つようになっていたと話す。
近藤さん曰く、今から30年ほど前の東京には、茹でたてのうどんを出す店はほとんどなかったそう。うどんを一から茹でるのには時間がかかるため、事前にうどんを茹でておき温めて出すのが一般的だった。初代も、うどんで長い時間客を待たせるわけにはいかない、と言っていた。
しかし、おいしさでは茹でたてに勝るものはない。客に待ってもらえる方法はないか……。2000年を目前にしたこの頃、全国的に冷蔵配送が可能になるという物流の変化が、日本酒の仕入れにも大きく影響を与えていた。
具体的にいうと、生産地でしか飲めなかった生酒や発泡系のにごり酒を東京でも仕入れられるようになったのだ。この流れに乗り、思い切って入手が難しかったおいしい日本酒を置いてみることに。うどんを待つ間にいい日本酒を飲む。これが見事にはまった。酒の銘柄を増やし、四季折々の料理を出すようになっていった。締めにうどんを出すコースのメニューが評判になる頃には、接待で使われるような高級店の仲間入りをしていた。
不可能といわれていた、全粒粉だけのうどんへの挑戦
次に来た波は「低糖質時代」。うどんは好きだが、糖質が気になってしまう。そんな声を、近藤さんも肌で感じていた。もっと体にいいうどんは作れないか。食物繊維を増やすのはどうか、と探るうち、全粒粉でうどんを打つことを思いつく。表皮と胚芽を除いた通常の小麦粉とは違い、全粒粉はまるごと粉にするため、ビタミンや食物繊維が豊富に含まれるからだ。
すぐに試作してみたが、まとまりが悪く、すぐ切れてしまい、コシもない。納得のいくうどんにはならなかった。しかし、ここで諦めず、挑戦し続けるのが近藤さんの強さだ。
「そうめんに、にがりを入れるとコシがでるらしい」という噂を聞き試してみたところ、なんと本当にうどんの形になった。しかし、大量のにがりを使うため、味に影響が。もしかしたら、にがりに含まれるミネラルのタンパク質収れん効果が作用しているのかもしれない。そう考えた近藤さん、「ミネラル」→「ミネラル麦茶」→「麦茶」に行き着く。麦茶を使ってみると、切れずにきちんとしたうどんができあがった。
すぐに「全粒小麦粉を配合したうどんの製造方法」の発明で特許を取得。その後も食物繊維の量をより増やし、それでももっちり感を保つ方法を模索している。まだまだ進化の途中だ。
幅広麺のモチモチ食感がたまらない!香ばしさも魅力的
この日はブルーチーズ出汁と濃口出汁、2種類のつゆでいただいた。
小麦の表皮や胚芽、そして麦茶が入っているため、まるで太いそばのよう。初めて見るうどんの色だ。箸で持ち上げてみると、今度は1.5cm以上ありそうな幅広さの麺にびっくり。きしめんに似ているが、そこまでぺらぺらしてはいない。しっかりと重みと厚みがある感じだ。
まずは濃口出汁からいただこう。生きたイワシをそのまま加工できる、四国の工場から取り寄せる店自慢の煮干し。この煮干しをベースに丁寧に取った出汁は、口に入れる前からすっきりと香りが強い。うどんは思った以上に滑らかで、つるりとした食感。のびやかさも十分だ。跳ねるような弾力があり、噛む度に広がる小麦の香ばしさと甘さを、出汁がきりりと引き締める。うどんと出汁、強い風味でバランスが取れている。
次はブルーチーズを溶かして、煮干しと昆布ベースの出汁で割ったブルーチーズ出汁でいただこう。とろみがあり温かい出汁はうどんによく絡み、ブルーチーズ特有の香りが程よく刺激的。チーズと出汁の塩気は、小麦の甘い香りをさらに引き立てていた。また、コシのあるうどんの食感に、クリーミーなつゆとの対比もおもしろい。濃口出汁よりもさらに強い風味を持つ出汁だったが、うどんは負けることなく受け止めていた。
体だけでなく、社会にも。「もっといいもの」を求め続ける
近藤さんの「もっとうどんに食物繊維を入れたい」という目標は、健康だけのためではなく、SDGsへの配慮してのこと。全粒粉のうどんは、小麦の廃棄されていた部分まですべて使うので食品ロスを減らすことにつながる。輸入の小麦粉ではなく、北海道産の小麦を使うことで、フードマイレージの軽減、そして食料自給率の増加にも寄与できる。
また、アニメ映画で一躍有名になった地元である高円寺の気象神社に賽銭箱を奉納した。「歳を取るにつれ、地元への感謝の気持ちが出てきて」と話す。
健康、社会、そして地元にも還元できる形とは。近藤さんの「おいしい食」への挑戦は、これからも続く。
取材・⽂・撮影=ミヤウチマサコ、画像提供=さぬきや