「今、ちょっと電話大丈夫かな」
「うん。」
「このあいだはごめんね。会って話、できるかな。……今日とかどう?」
おっ!!!これは期待できるかオレ!!!
ちなみにオレは今日、夜から湯島で仕事がある。
だが「別の日にしない?」なんて言ってられない。オレはすぐさま空き時間を計算した。
ちょうどいい、神保町ならそのまま仕事にも行ける。エルボーと一緒に散歩もできるかもしれない!!
さあ、東京散歩地図でがっつり下調べしていこう!!
一気に人生のやる気が復活だ!!!
万世橋駅の面影をたどる
「今日は時間とってくれてありがとう。」
エルボーは髪を切ってきた。
失恋したのか。
いや、失恋したのはオレか。
エルボーの話は気になるけど、まずは腹ごしらえ。
神保町に来たならカレーを食うべし!!
東京散歩地図に載ってた『三燈舎』で遅めのランチだ。
南インド料理って美味いってよく聞くけど、マジでうまい。
Santoshamはケララ地方の言葉で、幸せって意味なんだって。
うん、そして今オレはエルボーと食事をしている。まさに幸せだ。
そんな幸せ気分そのままに、さりげなく散歩へとエルボーを誘導する。
東京・千代田区の秋葉原駅と神田駅、それからお茶の水駅のちょうど真ん中あたりにある「マーチエキュート神田万世橋」へ。そこは、いまから100年以上も前の明治45年に開業した赤レンガ造りの万世橋駅の遺構を再開発した商業施設だ。
赤レンガの施設内に、旧万世橋駅のプラットホームに行くための階段がある。1912階段だ。1912(明治45)年の万世橋駅の開業当時に作られた階段。行ってみるとわかるけど、とっても重厚な感じがする。
「わー、すごーい!!」
思わず、といった感じでエルボーが声を上げる。
すごいよね(笑)
ちなみに万世橋駅だが。駅舎は赤レンガの東京駅とおなじく辰野金吾氏の設計によるもので、明治45年(1912)に中央線のターミナル駅として開業した。そうなんです、この時点でいまの東京駅はなくて、ここが終着駅というか始発駅だったそうで、界隈はかなり賑わっていたみたいです。ところが大正12年(1923)の関東大震災で駅舎の大部分が滅失。その後、神田駅とお茶の水駅の中間駅として利用されたが、乗降客数の減少で昭和18(1943)年に廃止されたとのこと。
そういえばエルボーは、昔の建築物とか好きだったな。
ついでだ。お茶の水駅方面にちょっともどり、ニコライ堂にも行ってみない?
ここでちょっと宅建知識。
重要文化財に指定されている建築物には、建築基準法は適用されません。
建築基準法が適用されない場合って?
建築基準法とは「建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資すること」を目的として制定された。
かんたんにいうと「地震とかですぐ壊れちゃうような建築物は造らないでね」というニュアンスで、建築物の構造などについて「最低限の基準」を定めている。
たとえば「まぁまぁでかい建築物は木造とかにはしないでね」という規定もあるのだが、重要文化財である建物にも適用しちゃうと、ニコライ堂がニコライ堂じゃなくなっちゃうので、そういった場合は特別に適用しないよ(=適用除外)というふうになっている。
コロナの影響で聖堂は見学できなかったけど、エルボーも楽しそう。
よし、もうこなったら今日は「古いモノ」シリーズだ!!
お茶の水駅方面に戻り、聖橋を渡る。
次は湯島聖堂だ。
人も少なくていい。神聖な空気が流れているようだ。建物の独特の雰囲気に圧倒される。
ちなみに敷地全体が国の史跡として指定されている。ニコライ堂とは異なり建物がなにかに指定されているワケじゃなくて、ここの敷地全体が史跡だよ、ということ。
「わたし、こういう雰囲気のとこ、すごく好き。」
よし。いいぞいいぞ。
もうこうなったら、神田明神まで行っちゃえ!!
ご祭神は平将門命(たいらのまさかどのみこと)。散歩の達人「東京散歩地図」から引用しますと、神田・日本橋・大手町・丸の内などの日本の都心を守る氏神様。
正月の初詣、めっちゃ混みます(経験済み・笑)。
ちなみに、神田明神の社殿は「登録有形文化財」。
「登録有形文化財」とは、文化財保護法での位置づけは「重要文化財以外の有形文化財」となっている。
重要文化財は国が指定するけど、それ以外でもいい感じの文化財は登録しておくね、というニュアンス。
宅建知識としていうと、重要文化財じゃないので、建築基準法は適用だ。
……かなりマニアックっすね(笑)
ついでだから湯島天満宮にも行ってみよう。すぐ先だ。
「ここで謝楽祭っていう落語協会のお祭りがあって。最近はコロナで、オンラインになっちゃってるけど、またやってほしいなあ。」
「落語、好きなんだね。」
そっか。和のものが好きってちょこちょこ言ってたもんね。
だんだん夕方になってきた。
なんだか今日は、西日も優しい。
そんな優しい西日でエルボーの横顔もきれいだ。
「こないだは急なことでびっくりしちゃって。ごめんね」
歩きながらエルボーは慎重に話し始めた。
「私ね、長く付き合ってた人がいたの。でも急に振られちゃって」
そうだったんだ。そんな時にオレに告白されてもね。
「もう仕事に生きようって頑なになっちゃってて。……だから、その、嫌なんじゃなくてもう少し時間くれないかなって。」
……え?
「一緒に散歩してるの楽しいし。」
……ってことは、オレって無しじゃない!?
よっしゃー!!!良かったー!!!
来世分のやる気まで引き出せそうだ!!
「そういえばこのあたりってラブホ街ね」
「……え!!!」
まさか。あ、いかん、そういう意味じゃない。いかん!!
あ、そうだ。焦ったオレは今の仕事案件を口走る。
「いまオレね、ここの近くの仕事にコンサルで関わってるんだ」
「うん」
「じつはラブホの再開発案件があって、ほら、古くなってきたラブホもあるでしょ」
「へー」
と、そのときスマホに着信だ。するとまさに、湯島のラブホの再開発案件で、これからの打ち合わせの時間が1時間早まったとのこと。
エルボー、すまん、オレ、行かなくちゃ。
オレはくるっと振り返り、駅方面に急ぎ行こうとした瞬間、
「行ってみたいな」
え、え、え、エルボー!!!!!
どっちにぃーーーー!!!!!
関係者のみなさん、今日の打ち合わせ、オレを適用除外にしてくれ!!
取材・文・撮影=大澤茂雄(宅建ダイナマイト合格スクール株式会社)