ラーメン店らしからぬオシャレな外観にバナナ
東武東上線、池袋から各駅停車で3つ目の大山駅。この駅には踏切を挟んで大きな商店街が2つあるが、『morris』のあるのは南口を出て、踏切を渡った先にある「遊座大山(ゆうざおおやま)」と名付けられた商店街。
駅から6分ほど歩くのだが、この商店街、実に生活感あふれる場所。多くの飲食店が立ち並び、店頭に旨そうなおかずやお菓子が現物販売されていたりもする。ラーメン店を目指して歩を進めながら、いちいちそのおいしそうな食べ物たちに目がとまり、自然と食欲が高まりラーメン腹の準備が整っていくようだ。
通りの右側、お店はすぐに見つかる。というのも、店頭になぜか巨大なバナナ(もちろん縫いぐるみ)が吊り下げられている。
おいしいラーメンを出すことで評判のお店でなぜバナナ? とにかくそのたたずまいがラーメン店らしくない。店頭にはおしゃれな自転車がさりげなくとまり、赤い柱に枠取りされた素通しのガラスからは明るい店内が見通せる。
店内に足を踏み入れると、壁は明るい木目調。11席の長いカウンターが奥に伸び、その前に広々とした厨房がある。どちらかといえばコーヒーやお酒を頼みたくなるような雰囲気だ。実際間違えて入店し、ラーメン店だったことに驚かれる方もいるという。
本当にやりたいのはラーメン屋さんだった
お迎えいただいたのは、『morris』のオーナー、松田徹時さん。松田さんはもともと寿司職人の道を目指していたとのこと。18才の時に寿司屋に修行に入り26才まで勤める。
20才で結婚し2人の子供にも恵まれた。しかし当時はバブル終焉で、社会全体が不景気にさらされていた時代。勤めていたお寿司屋も給料が全く上がらず、家族を支える身として仕方なく寿司職人の道を断念。
しかし料理職人の道はあきらめられず、その後大手定食チェーンに就職。6年間勤めるが、厨房に立ちたいという気持ちとは裏腹に、マネジメント業が主になってしまったことで退職する。
「そのころ、同時に離婚もしたんですよ」。松田さんは人生のけっこうすごい一連の出来事をさらっと語ってくれる。「仕事も辞め、離婚もし、すべて一度リセットされたような状況でした。その時、自分は本当に何がやりたいのか。これを真剣に考えた末、出た答えがラーメン屋さんでした」と松田さん。
「寿司屋で調理を学び、次のチェーン店ではマネジメントを勉強できた。両方の知識を使ってやれるだけやろう」。これまでの経験も松田さんの決意を支えるものだった。
その後自分の味を見つけるために100件以上のラーメン屋さんを食べ歩き、これだと思った店に「ここの味が好きなので働きたい」と申し入れ1年間働かせてもらう。そして2008年、ここ大山に『morris』をオープンした。
こだわりは「すべて自家製」と「誰でも入りやすい店」
お店の開店に際しこだわったことは2つ。スープ、タレ、麺を全部自家製にすること。実はすべてを自家製にしているラーメン店は案外少ない。すべて自分の手でおこなっていくために、作り方もわからないうちに高価な製麺機を購入。粉屋さんに教わりながら麺を完成させていった。
もう1つのこだわりは、男性客ばかりでなく、女性1人やご家族連れも入りやすいお店にすること。「大山の商店街でラーメンを出すお店を数えたら35軒くらいありました。どれも“ザ・ラーメン屋”といった感じのお店ばかりの激戦区でした。ここで同じことをやってもダメ、真逆をやろうという気持ちもありました」と松田さん。
「最初は力が入りすぎたせいか、本当にたくさんの素材をスープに使っていました。そこから少しずつ味を変えながら、今の選ばれた素材に行きつきました」とのこと。
豚骨に煮干しや鰹節などを使ったスープはさっぱりしているのに、懐かしいような優しいコクがそのあとに広がる。麺をすすった後から次が食べたくなる。「あー、このラーメン好きだなー」と多くの方が素直に感じるラーメンかもしれない。
月に1週間は別のラーメン屋が登場
さて、冒頭にご紹介した店頭不思議案件バナナについてもお聞きした。
「コロナになって売り上げが多少落ちた時、古着屋をやっている友人に連絡を取ったところ、今はバナナジュースを始めて好評との話を聞きました。もうそれならば! とすぐにウチでもと始めました」と、ラーメン店でバナナのきっかけを語ってくれた。すごい行動力だ。
実はこのお店にはもう1つ驚きの情報がある。徳島県にもう1店舗ご主人の経営するラーメン店『阿波尾鶏中華そば 藍庵(アイアン)』があるのだが、ご主人が月に1週間程度徳島のお店に行っている間、ここは店名が変わって『ラーメンモモジロウショウテン』となるのだ。この間は今の奥様の愛さんが『morris』とは全く違うラーメンを作って出している。
徳島のお店は、『morris』の常連さんで徳島ご出身の方のご縁で始めることになったそう。バナナは徳島の名産品の1つであり、徳島のお店でも地元産のバナナを使ったジュースを提供しているとのこと。
その話を聞いた地元のイチゴ農家の方から「うちのイチゴも使えないか」との相談が持ち込まれ、徳島のお店はついにはキッチンカーで、フルーツサンドの販売も始めたそう。大きな祭りの日には100人もの行列ができ、こちらも大評判だそうだ。
縁から始まった仕事がどんどん広がっていく。ご主人の人柄、行動力、その元気さに惹きつけられる人の存在がそうさせるのだろう。次に『morris』に来た時は何を見せてくれるのか、楽しみにしよう。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=夏原誠