亡き父への思いを込めた鶏清湯(とりちんたん)らーめん
学生の頃から料理を作るのが好きで、東京でイタリアンの道に進んだ店主の小島敦嘉さん。もともとラーメンも好きだった。
そこに父親から「長野へ行って一緒にラーメン屋をやらないか」という話があったが、父はその後すぐに他界。何年も経った頃、小島さんはさまざまな鶏を選定しながら自宅でラーメンを試作し始めた。
「4~5年かけて、この鶏清湯の元となるものが完成したんです。独立するのであれば、父親への親孝行のために、“小島”の名でラーメン屋をやりたかった。既存のラーメンの作り方を一切マネしないで、火の入れ方を自分で勉強して、父親だったらこう作っただろうなっていうものを考えながらですね」
2014年8月6日、父の念願だったラーメン店『麺庵 小島流』を板橋にオープンした。
小島さんのラーメンには、これまでの経験が活かされている。完成した鶏清湯は、イタリア料理の基本となるブロードをもとに創ったスープだ。1日にラーメン約100杯分の丸鶏15kgを自分で解体して、内蔵や血合いなどを取り除き、きれいに下処理をする。
スープには鶏ガラだけでなく肉も全部使う。大変そうに見えるのだが、「慣れると10分もあればできますよ」と小島さん。できあがりをイメージして、使う水にもこだわり、鶏と水の比率などすべて計算して炊き上げることで、雑味のない旨味だけが抽出されるのだ。
麺やチャーシュー、岩海苔……すべての食材にこだわりが
黄金色の鶏油も、スープに使う2種類の鶏の脂肪から作られる。スープと麺の上からレードルでたっぷり注がれ、トッピングを丁寧にのせて完成だ。カウンター越しでも鶏の香りが漂ってくる!
スープを一口いただくと最初は塩味強めに感じる。飲み進めるとたっぷり回しかけた鶏油とスープが親和し、徐々にまろやかになじんでいく。チャーシューは箸で持ち上げるのが大変なくらいの大ぶりの豚に、鶏チャーシューも穂先メンマもトッピングは塩分控えめ。すべてが程よい味加減だ。
ちょっと異色なのが、鶏清湯には珍しいバラ海苔。「単純に、美味しい海苔を入れたかった。海苔の良さを知ってもらいたくて、海苔屋さんをたくさん回って、このラーメンに合う海苔を探しましたね」と小島さん。煮干しなら香りの強いバラ海苔を合わせるところが、鶏の味を邪魔しないよう、香りが強すぎない美味しい海苔を合わせたそう。
麺にもこだわりがある。ラーメンとは違う技法でとられた鶏100%のスープに合わせるため、20種類の麺を試したという。「製麺所の担当者に来てもらって、ラーメンを20杯作りましたね(笑)」。そうして決まったのが、国産小麦粉ブレンドを使ったこの中細麺だ。
おいしい! 今まで食べたラーメンとはまったく別物に感じる。「これはラーメンじゃない」「そばのようだ」と、お客さんからもよく言われるそう。
そのためか、足繁く通われる客さんのなかには、女性やご年配の方、今までラーメンをあまり食べなかった方も。鶏清湯と人気を二分する背脂醤油らーめんを、80代の女性がペロリと平らげるというのも驚きだ。
夜は本格イタリアンバルに! ラーメンに合うワインとおつまみを堪能
ラーメンのトッピングでいただいたチャーシューだが、これは柚子胡椒でもつけておつまみで食べたいくらいおいしい!
そう思ったら、やはり「おつまみでよく出ます。添えるのはアンチョビかトリュフオイルですね」とのこと。さすが、イタリアンの要素はおつまみにもあった。
「もともとイタリアンバルをやりたかったんです。それで夜は“飲めるラーメン屋”って感じで、ラーメンを食べる人もいれば、ワインを飲んでるお客さんもいる。ステーキを焼いたり、パスタを作ることもあります。ソースも毎回自分で作って、今日はシャンピニョンクリームソースがあります、とか」。
簡単そうにおっしゃるが、調理は小島さん一人。「全然大変ではないですね。ラーメンのゆで時間、肉の焼ける時間を合わせれば。ラーメン、ステーキ、パスタが同時進行で、まあ面白い状態です(笑)」
夜のバルは、ラーメンのブラッシュアップにもよい影響があるとか。「バルでいろんな塩を料理に使って試すんですけど、いい塩があったらラーメンスープの塩を入れ替えてみたり。オープン時は伊豆の「海の精」だけだったのが、今は淡路島の藻塩、イタリアの海水塩、ヒマラヤの岩塩をブレンドして使っています」。それで味に深みが出るわけだ。
「調味料で食べさせるんじゃなくて、ちゃんとした鶏の旨味を食べてもらいたい。そこに塩なり醤油なりが持ち上げる感じで作ってます。そのために食材は通常のラーメンスープでは考えられない、すごい量を使いますけどね(笑)」。
こだわりの鶏清湯のほかにも鶏白湯、A5ランクの松坂牛や雲丹の限定メニューなど、すべてが採算度外視で作られている。夜のバルで提供している高級豚を限定のスープにしようとか、思い立ったら生産者を訪れることもある。
「店でやればやるほど興味が出てくるんで、常に新しいことを考えてます。休日も店に来て、厨房を眺めて、掃除して、仕込みして。そうすると普段営業しながらより、もっと詰めたことを考えられる。やっぱりラーメン好きなんで、色んな食材を使って今よりもっとおいしいラーメンを作ることを考えるのが楽しいですね」。
ラーメンのこと、食材のことを話す時の小島さんの笑顔がとても印象的だった。この情熱が多くの方に伝わるといいな。そして次は夜のバルでラーメンとワイン、鶏チャーシューアンチョビ、クリームチーズキャビアなども、心置きなく味わいたい。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=大熊美智代