店名の由来は奥様が好きなデザート

出迎えてくれたのは店長の鈴木康弘さんと奥様の顕子さん。フランス料理店『ラ・ロシェル』(料理の鉄人・坂井シェフの店)でお互い働いていたときに出会ったという。とても明るくて、お二人の会話を聞いているだけでこっちまで楽しくなる。

店長の康弘さんと奥様で隊長の顕子さん。顕子さんも“〇長”の肩書きが欲しいということで“隊長”に。“隊”には特に意味はないとのこと(笑)。
店長の康弘さんと奥様で隊長の顕子さん。顕子さんも“〇長”の肩書きが欲しいということで“隊長”に。“隊”には特に意味はないとのこと(笑)。

康弘さんは高校の食物調理科で調理師免許を取得。調理師専門学校に進み、卒業後はフレンチ、イタリアンとヨーロッパ系の店で修業を積んだ。独立前には和食のダイニングで料理長を経験。醤油や味噌など、ヨーロッパでは使わないような調味料のことを学び、その懐の深さを知ったという。

顕子さんは、ドイツのステーキハウスで2年ほど料理人をやっていたという経歴の持ち主。もしかして、ドイツ語ペラペラ? 康弘さんいわく、「日本人が経営するステーキハウスだったので、ドイツ語は「ニンニク入れますか?」程度が話せれば大丈夫だった(笑)」とのこと。とはいえ、海外で調理の世界に飛び込むなんてなかなかできるものじゃありません。すごい。

独立してお店をオープンしたのは2010年。「決められたことを決められたとおりにやることに疲れてしまった」康弘さんが顕子さんに独立を相談すると、ひと言、「やればいいじゃん」。奥様、かっこいいですね。

店名の由来は「パンナコッタはイタリアで昔から形を変えずに愛され続けているデザート。だからうちもそういうふうになりたいね、っていう理由でつけました」。ふむふむ。

「というのは建前で、」……!? 「本当は妻が僕の作るパンナコッタが好きだからです」。えーっ! そっちの方が素敵なエピソードじゃないですか。今までいくつかの取材では「建前」で答えているらしいですけど、ばらしますよ。

大通りから少し入った丁字路の角。赤いドアが目印。
大通りから少し入った丁字路の角。赤いドアが目印。

顕子さんは船橋生まれ、康弘さんは小学3年のときから船橋で暮らしている。食材はできるだけ地産地消で。なかでも船橋でとれる白ハマグリ(ホンビノス)は、ヨーロッパではクラムチャウダーの具になるんだそう。「美味しい出汁が取れるんです」と康弘さん。一度味わってみたい。

こだわりは口の中で味の広がりを楽しむ“口内調味”

では、人気ナンバーワンランチのトロトロ卵のオムドリアをいただきます。端からスプーンを入れて1口、2口。ん!? 口に入れるたびに違う味がする!

「ご飯に溜まり醤油がかかっていて、その上にトマトソース、真ん中にベシャメルがあって、周りにデミグラス。それを混ぜながら食べてください。混ざり方によって味わいが変わります」と康弘さん。全部を混ぜて味を均一にするのではなく、さまざまな味わいを楽しんでほしいとのこと。

トロトロ卵のオムドリア。平日はサラダ、コーヒーまたは紅茶が付いて1100円。
トロトロ卵のオムドリア。平日はサラダ、コーヒーまたは紅茶が付いて1100円。

トマトソースの酸味をすごく感じるところや、デミグラスソースの味ががっつりくるところや。4種のソースだけでなく、トロトロ卵にトロトロチーズ、中に入っているキノコの食感も合わさって、すくう場所によってぜんぜん違う味わいで楽しい! これは最後まで飽きないで食べられますね。

「それが狙いです。口に入れた時に楽しい感じになるように。わかってもらえてうれしい。 こだわりは“口内調味”です」。

このドリアは、お店のオープンから5年ほどしてからできたメニューなんだそう。「実はこれ、うちの常連さんたちが食べられないものが入っていないんです。体質や宗教の関係で、それぞれ食べられない食材ってありますけど、それが入ってない。半熟卵が苦手という人には完璧に火を通して出します」

ランチは4種類で、3種類はメニューが入れ替わる。トロトロ卵のオムライスだけが毎日の定番メニューだ。

口内調味とは、味の違う料理を口の中で組み合わせることで、一品で食べるときとは違った味わいや味の広がりを感じられる食べ方のこと。日本人独特の和食の文化だ。たとえばフレンチの場合は味を均一にしようとする文化がある。卵は泡だて器でよく溶きほぐし、漉し器まで使って滑らかにする。そうすると焼いたときに均一な黄色になる。

「日本人にとっては白身と黄身があえて混ざり切っていないところがすごく美味しそうに思えたりしますよね」と康弘さん。なるほど。なんだかグラタン皿がどんぶりに見えてきた。

メニューはAとBは2~3日おきに、Cは10日おきぐらいで替わる。αはずっと替わらない。
メニューはAとBは2~3日おきに、Cは10日おきぐらいで替わる。αはずっと替わらない。

「日によっては、今日は食べられるメニューがないな、ということもあるかもしれない。そういうことがないように「全部ダメでもこれがある」というものを作っておきたかった」と康弘さん。これはうれしい。せっかく足を運んだのに食べられるものがなかったらがっかりだもん。なんとも粋な計らい。しかも常連さんが嫌いな食べ物を把握しているとは。常連さんたち、幸せですね。

厨房で軽快な動きを見せてくれる康弘さん。軽快すぎてカメラが追いつきませんでした(泣)
厨房で軽快な動きを見せてくれる康弘さん。軽快すぎてカメラが追いつきませんでした(泣)

美味しいだけでなく「楽しい」を表現したい

現在、ディナーは予約制のコースのみ。「その人にとって特別な日に使ってもらえるお店にしたい」と康弘さん。実際に、お誕生日や結婚記念日に来店するお客さんは多いそう。

それと、オープン以来ここでプロポーズをしたカップルが6組! 「酔っぱらわないようにしたい」と事前に相談されて、ハイボールのふりして麦茶の炭酸割を出したりしたこともあるそう。「幸せのお手伝いはよろこんでさせてもらいます」と満面の笑顔で話す康弘さん。ここでのプロポーズ、失敗する気がしない(笑)。

こぢんまりとして温かみのある店内に鈴木夫妻の笑顔のシャワー。「記念日だからパンナコッタ行こう」って思わせてくれる。
こぢんまりとして温かみのある店内に鈴木夫妻の笑顔のシャワー。「記念日だからパンナコッタ行こう」って思わせてくれる。

コロナ禍になり、時短営業が続くなかで「生きるってなんだろう」と考えるようになったという康弘さん。「突き詰めたら結局“楽しむ”ことだろうって。なので、料理の中でその楽しむっていうのを表現していきたい」。

美味しいだけではなくて、そのなかに“楽しい”がある。そういえば、オムドリアの口内調味。口に入れるたびに何回「楽しい!」と言わされてしまっただろう。すっかり店長の術中にはまってしまった。何かの記念日に、また来よう。

住所:千葉県船橋市本町2-6-1 Kモール弐番館1F/営業時間:11:30~14:30・17:30~23:00/定休日:火/アクセス:JR船橋駅・京成本線京成船橋駅から徒歩9分

取材・文・撮影=丸山美紀(アート・サプライ)