変わりゆく時代の中にあって、変わらないとろろ料理とおもてなし

浅草の街で90年以上もとろろ料理専門店として営業している『浅草むぎとろ』。とろろ料理の頂点に立つ存在と言っても過言ではないと思っている。

実際に、とろろ専門店で提供されるとろろ料理は一般的なイメージとは一味も二味も違うのだ。

江戸通りに面しているお店は浅草駅からも徒歩3分以内と好アクセス。
江戸通りに面しているお店は浅草駅からも徒歩3分以内と好アクセス。

お話を伺ったのは店長を務める鑓水(やりみず)将也さん。早速お店のこだわりについて伺うと、こんな答えが帰ってきた。
「昭和4年(1929年)から創業なので、2022年で93年目になりますね。創業当時から一貫して守ってきているのが、お客様に対してのホスピタリティですね。いらしてくださるお客様をいかにもてなすか。時代や言葉遣いが変わってもお客様を大事にするという思いは変わりません」

オープンな雰囲気の1階席。平日にはバイキング形式のランチも行っているため、開店早々から席が埋まっていく。
オープンな雰囲気の1階席。平日にはバイキング形式のランチも行っているため、開店早々から席が埋まっていく。

そういえば、『浅草むぎとろ』のスタッフさんはどの方もニコニコと丁寧に応対してくれて、こちらも本当にうれしくなってくる。
数ある料理店の中から選んでいただいたのだから、お店を出るときには笑顔になって帰ってもらいたい……そんな思いがすべてに一貫して通っているのだ。

お話を伺った鑓水将也さん。
お話を伺った鑓水将也さん。

豪華絢爛な小鉢料理とともに楽しむむぎとろ

『浅草むぎとろ』は1階と2階の一部にオープンなテーブル席がある一方で、予約可能な個室が多数用意され、周辺の隅田川にかかる橋にちなんだ部屋が付けられている。予約の際にどんな部屋になるかを楽しむ常連客が多いのもまたこのお店の魅力だ。

2階より上に用意された個室には部屋ごとに趣がある。ちなみにこちらは「両国」というお部屋。昭和レトロな雰囲気が漂っている。
2階より上に用意された個室には部屋ごとに趣がある。ちなみにこちらは「両国」というお部屋。昭和レトロな雰囲気が漂っている。

そして、『浅草むぎとろ』の看板メニューと言えばなんといってもとろろ料理。ただ単にとろろだけを食べるのではなく、いろいろなおかずを楽しみたいというちょっとわがままなニーズに応えてくれるのが十六々彩膳。その名の通り季節ごとの16品の小鉢料理とむぎとろを楽しめる。今回はこちらをオーダー。

これが人気の十六々彩膳3300円。
これが人気の十六々彩膳3300円。
取材時は新年明けたばかりの1月。昆布巻や栗蜜煮などおめでたいメニューも!
取材時は新年明けたばかりの1月。昆布巻や栗蜜煮などおめでたいメニューも!

目の前に現れた十六々彩膳はまさに絢爛豪華の一言がピタリとハマる。

小鉢に入ったおかずを見ると……鳥の塩麹焼きに長いもそうめん、そして鮪のやまかけや鰆の西京焼きといった和食から「おめでたい雰囲気にしたい」というコンセプトのもとで用意された昆布巻やはじかみといったメニューも揃っている。

「料理長によると『1月は新春をテーマにした』ということです。はじかみや紅白なますでおめでたい雰囲気にして、昆布巻や栗蜜煮もその類です。あとは鮪の山かけも人気が高いので入れさせていただきました」と、鑓水さん。

『浅草むぎとろ』伝統のむぎとろ。マイルドで優しい味わい。
『浅草むぎとろ』伝統のむぎとろ。マイルドで優しい味わい。

とろろご飯を引き立てる小鉢料理は1ヶ月ごとに内容が変わるとのこと。行く度に新しい楽しみがあるというのはうれしい。

さっそくいただいてみる。ものすごいクオリティのとろろご飯だ……。お腹にやさしい味わいに、体にスルスルと入っていく。
とろろは粘りの強い大和芋(主に千葉県産)を創業以来変わらぬ割合で配合している割下で伸ばしているという。

なんと、この絶品とろろと麦飯は、おかわり自由なのだ。

季節の小鉢料理と相まって、飽きずに何杯でも食べられてしまう。

気楽な気持ちで入ってもらえると、最高に嬉しいです。

1階フロアにはお土産コーナーもあり、特製のとろろから作ったオリジナルのカリントウ、とろりんとう540円も販売。これもちょっとしたおみやげやお茶菓子によさそうだ。

「お店としては50代から60代のお客様によく来て頂いていますが、最近は若いお客様もだいぶ増えてきました。お店の構えの感じがちょっと入りづらいのかもしれませんが、気楽な気持ちで入ってもらえると、私たちとしては最高に嬉しいです。お会いできる日を心待ちにしております」と別れ際まで素敵な鑓水さん。

とろりんとう。
とろりんとう。

取材が終わり、いざ店を出ようとした際、自分がなんだかニコニコしていることに気が付いた。

食べるだけで健康になること間違いなしの絶品むぎとろをいっぱいに頬張り、一つ一つ丁寧に仕上げられた小鉢料理に舌鼓を打ったのだから満足して当然といえば当然だが……それ以上にうれしかったのがこのお店の行き届いたサービスのすべてだった。

些細なことにもすべてにおいて『お客様をいかにもてなすか』をテーマにしてきたという、鑓水店長の言葉を思い返して、さすがは浅草を代表する歴史ある店だと深く納得した。

構成=フリート 取材・文・撮影=福嶌 弘