職人技に魅了される焼きたてせんべい実演
仲見世通りの『壱番屋』の店頭では、週末になると炭火で醤油せんべいを一枚一枚焼く姿が見られる。次から次へとリズミカルにせんべいを裏返してゆく職人技は、見ていて心地よい。
店頭に立っていたのは『壱番屋』の飯田さんだ。焼きあがったせんべいは上からぶら下げた竹ざるにいれ、しばし乾燥させる。そしてしけないよう茶箱の中で落ち着かせた後、袋に詰められて店内に並べられるのだ。
もちろん熱々をその場で買って食べることもできる。焼きたての炭火手焼せんべい50円は香ばしくて、一口一口噛み締めながら味わうおいしさだ。懐かしくてほっとした気持ちになるのは、日本人のDNAにこの匂いや味が刻み込まれているからだろうか。
せんべいの焼き手は全部で4人いるが、焼き方にはそれぞれ個性があるという。焼き加減もひっくり返し方も人によって違うし、自分がこれぞと思うやり方で焼いている。だから出来上がりも人によって違うのだ。「手焼」ならではの味ということだろう。どれが誰の焼いたせんべいなのか、飯田さんには一目見て分かるらしい。
うちの稼業は「商人」
『壱番屋』の創業は明治17年(1884)まで遡る。以来140年近くに渡り、浅草の変化を見続けてきた。
40年ほど前までは民芸品を売っていたが、今はせんべいや雷おこしを売っている。それ以前にも、時代の流れに合わせて何度も商売の内容を変えてきた。飯田さんいわく「うちの稼業は『商人』」。時代に合わせて柔軟に姿を変えていく。でもいつだって「商人」として生きてきた。
民芸品店からせんべい屋へとカタチを変えることに決めたのにはこんな理由があるそうだ。以前米問屋をやっていたこと。そして祖父が「飯田米吉」という名前だったこと。きっとせんべいと縁があったということなのだろう。
『壱番屋』の店頭では、せんべいを焼くその横でいちご飴やレモネードも売っている。お祭り気分でいちご飴500円(季節限定)を買ってみた。薄い飴に包まれたいちご飴は、かじると口の中でパリッと小さな音をたてて割れた。中からジューシーないちごが顔を覗かせる。
せんべい屋でありながら、いちご飴も売っているという不思議。一見結びつきそうにないこのふたつだが、若い女性たちが次々といちご飴を買っていくのを目にすると、そんな些細なことは気にするなと言われているようだ。「時代の流れに合わせ、売るものを柔軟にかえる」という話が頭をよぎる。
見続けてきたのは時代とともに変わってゆく浅草
「昔の浅草は『古い、汚い、危ない』ってイメージで、『斜陽の浅草』なんて呼ばれた時期もあったね。その頃はまったく人が集まらなかった。でも最近は新しい店も多くなってずいぶん変わったよ。今の浅草は30代くらいの若い人たちがすごく頑張ってる」
飯田さんいわく、そんな時代の移り変わりの中で浅草での価値観も大きく変わってきたという。「ひと昔前は『こんなところで酒を飲むやつはダメな人間だ。』なんて言われていたような場所が、今じゃ若者が集まるスポットになってるからね」
浅草は今も昔も変わり続けている。
構成=フリート 取材・文・撮影=千葉深雪