どうですか。いまどきのJ‐POP(死語)ではお目に掛かることのない激しく厳しいパワーワードだらけ。名曲「もうひとつの土曜日」など、ラブバラードも収録されているとはいえ、総じて聴きやすいとは言い難い。しかし本作は1カ月にわたってオリコン1位。「八月の歌」なんて今だったらネットに“浜省反日”とか叩かれて暖が取れるぐらい燃えますよ。実は浜省のお父さんは被爆している。どれだけの覚悟を持って歌っていたか。

『J.BOY』に限った話ではなく、浜省の歌詞はストーリー性が重視されている。感情の垂れ流しで青年の主張みたいな数多のロックバンドの歌詞とまるっきり違う。だからというわけではないが、僕は尾崎豊とほぼ同世代にもかかわらず、学校と教師の不満を叫ぶ青すぎる尾崎(もちろんそれは今考えてみれば尾崎とレコード会社の戦略だったのだけど)より、社会の矛盾と人間の孤独を説く年上のお兄さん浜省のほうを断然支持していた。

「J.BOY」はジャンクフードを食らう少年です

TBSラジオ「サーフ&スノー」で浜省がゲストの回があった。DJの松宮一彦が訊ねた。

「『J.BOY』はジャパニーズ・ボーイの略ですよね?」
浜省「いえ、ジャンクフードを食らう少年です」

この返答には中学生の樋口少年も度肝を抜かれた。あれから34年経った今もはっきりと覚えているほど。浜省は続けてこんなことも話した。

「戦後のアメリカ文化と価値観で育ったけど、自分たち日本人は肌の色は黄色だし英語も話せない」(要旨)。「八月の歌」の歌詞については「日本はアメリカに原爆でレイプされて惚れてしまった」(要旨)。

どうですか。こんなこと話すお兄さんがいたらそりゃイカれちゃうでしょう。

浜省は『J.BOY』から2年後、『FATHER’S SON』というこれまた神懸かりのアルバムを発表。ちなみに「I DON’T LIKE “FRIDAY”(戦士の週末)」というポップな佳曲が収録されていますが、これは写真週刊誌のFRIDAYに、プライベートでサングラスなしで奥さんと歩いている写真を撮られたためです。

そして88年5月15日。チケット争奪戦の末、超満員の代々木第一体育館に馳せ参じることができた。浜省のサングラス・バンダナ・半袖Gジャン、三種の神器は健在。セトリは『J.BOY』と『FATHER’S SON』を中心に。ステージ後方の大型ビジョンを多用して飽きさせない。「AMERICA」では映画に出てくるような広大な道が映った。MCがまた最高。天井を指差し「父も、きょうは上から見ていてくれていると思います」と言ってしんみりさせたと思ったらその後一転。浜省は姪っ子に、自分のことを「おじさん」ではなく「おにいちゃん」と呼ばせているという。その姪っ子はいつも自分の作品を褒めてくれないが『FATHER’S SON』を聴いてこう言った。「おにいちゃん、やればできるじゃない!」。体育館大爆笑。

浜省はむかしからテレビに出ない。ネットがない時代に、メディアはレコードとライブだけ。20代は日本中を回って年間100本のライブをこなした。そんなミュージシャンのライブが素晴らしくないわけがない。クライマックスは過去曲「HELLO ROCK&ROLL CITY」。『J.BOY』以前からのファンにも配慮した構成だった。

92年に既発シングル「悲しみは雪のように」がドラマ『愛という名のもとに』(タイトルも浜田省吾の曲名。中身はまんま『セント・エルモス・ファイヤー』のパクリ)に起用され、翌年以降のチケット争奪戦はさらなる激化を招いた。ツアーで東京は新宿厚生年金会館を複数日開催。往復はがきでひとり一回申し込めるシステムで、家族全員の名前を借りたが全部ハズレ。あれですっかり浜省のライブは観たくても観られないものと刷り込まれた。結局その後も30年間ライブ観てないし。

ヤバい紙幅が足りない! 結論を急がなくては。

バブル景気を目前に控えて、フジテレビとおニャン子クラブに代表されるような浮かれた気分が世を支配していたのに、浜省はどうしてあんなに怒っていたのだろう? 佐野元春しかり、シリアスな問題提議をすることが理想のアーティスト像とされる時代だったから? ブルース・スプリングスティーンの『BORN IN THE U.S.A.』への返答だった? 社会派のジャクソン・ブラウンにかぶれた?(実際、浜省の事務所ロード&スカイは彼の曲名から) デビューから5年、ニューミュージックの優男だったがパッとせず、「MONEY」(「俺は何も信じない 俺は誰も許さない 俺は何も夢見ない 何もかもみんな爆破したい」)で手応えを感じて、怒れる30代男子に路線を変更した? ――その全部だと思う。

売れるには2種類ある。計算なしに時代のタイミングに合うのと、そのとき流行ったムーブメントに乗るのと。浜省は後者だ。だけどやっぱり天才だ。それ以上だ。そうでなければ『FATHER’S SON』以降も30年以上、音楽性に多少の変遷がありながらも、アルバムを出せばだいたい1位なんてありえない。

時代は変わった。悪くなった。実質賃金は減少し、10%に増税した消費税は福祉に使われず、子どもの貧困率は全国平均で7人に1人。コロナ騒動があってもカビたマスク2枚満足に配れない、「頼りなく、貧しいこの国」に、浜省はいま何を夢見ているのか。彼の怒りは社会に届かなかったのだろうか。

いや、浜省だけに押し付けるな。自分はどうなんだ。浜田省吾も僕もあなたも、ずっと置き去りになったままのJ.BOYだ。

文=樋口毅宏 イラスト=サカモトトシカズ
『散歩の達人』2020年9月号より