魯肉飯のために中国語を学んだ店主の熱意がすごい
滷肉飯とも書くこの料理は台湾の代表的軽食である。ブタ肉を醤油やスパイスで甘辛く煮込み、刻んでぶっかけた丼めしで、最近日本でもレトルトが登場したり、町中華のメニューで見かけるようになってきた。しかし無数のライバル店がしのぎを削る本場を経験していると、味付けがイマイチだったり、角煮のせご飯にすぎないシロモノだったり、これぞという味になかなか出合えない。『帆帆魯肉飯』はそういった中で、満足いく一杯をかきこめる稀少な美味店である。
しかし唐澤さん、もともとは台湾とは縁もゆかりもなく、海外旅行にもさして興味もなかったそうな。10年前、出来心で友達と出かけた台湾で、首都に当たる台北の名店『金峰魯肉飯』の魯肉飯に出合った。衝撃的な味だったという。
魯肉飯は日本人の口にもなじみやすく、自分を含めてハマる人が多いのは間違いない。だが、魯肉飯にハマった唐澤さんが半端ないのは、それからの展開である。帰国後、あの味を日本でも食べたいと願うも、当時は魯肉飯を出してる店なんぞほとんどない。もともと料理作りは好きだったので料理本などを頼りに再現してみたが、仕上がりに納得できない。これは現地の資料に当たるしかないぞと腹をくくり、魯肉飯のために中国語を学び始める。会社務めの旁ら週1回の受業と日々の自習でもって2年ほどで華語を会得したというのだからスゴイ食い意地……いや熱意である。
かくして中国語の料理本を読み解き、その後のご縁で結ばれた台湾の友人にも助けられつつ、納得の行く魯肉飯が誕生したのは3年後のことだった。
単なる模倣でも身勝手な我流でもない、納得の味
肝心の魯肉飯の味はというと、サイズを大小2種に分けて刻んだ肉が口触りに奥行きを与え、硬めに炊いたメシが汁を適度に吸い込んで絶品である。唐澤さんが台北で衝撃を受けた「峰魯肉飯」は味付け濃い目のコッテリ・スタイルなのだが、『帆帆魯肉飯』は繊細まろやかで食後感さっぱり。台湾で方々食べ歩いて行き着いた味付けである。現地の単なる模倣でも身勝手な我流でもない。台湾人も納得の、愛するがゆえこだわりまくった完成形なのだ。
添え物の定番、高菜漬けやたくあん、自家製の台湾式煮卵も、魯肉飯との相性を吟味した渋い名脇役ぞろいであなどれない。
また魯肉飯は、現地だと軽くさっと食べるスタイルが主流。器もこぢんまりしている。日本では商売上の問題もあってか、普通の丼サイズになってしまいがちだが、帆帆魯肉飯では現地同様のサイズも「小サイズ」を用意して再現。外帶(ウァイダイ)=持ちかえりももちろん可。あちらの雰囲気漂うオリジナル紙容器で手渡され、移動中に蒸された魯肉飯は、駅弁チックでまた一興の美味さなり。
さまざまな台湾愛がつながってできた店
『帆帆魯肉飯』は最初、友人のカフェを間借りして週末営業でスタートした。評判は上々だったが、20年のコロナで休業を余儀なくされた。それきっかけに、しっかり自分の戻れる、台湾を語り合えるような場所を作ろうと開いたのが今の三軒茶屋の店。地味な商店街のちょっと奥、ゆるさ漂うロケーションからして台湾あるあるである。
店構えも台湾へのリスペクトであふれている。かわいい水色の鉄製の看板は、鐵花窗(チェフォチュアン)と言う台湾のレトロな窓枠を活用。現地でオーダーした。白と差し色の水色が効いている内装は、大好きな花蓮の古民家を参考にし、友人の台湾人建築デザイナーがコストを考え、日本で手に入る床タイルや、穴あきブロックで厨房カウンターを仕立てて無理なく再現。グラフィック担当は元同僚のやはり台湾好きの日本人友人デザイナーが手がけていて、「らしさ」をしっかり心得ている。
さまざまな台湾愛がつながって出来上がった店の居心地が悪いわけがない。日台合作の妙が、魯肉飯同様ここでも良い味を出している。
以前のお客さまは台湾ファンがメインだったが、三軒茶屋に移ってから裾野が広がり、初魯肉飯をふらりと食べにくるご近所さんなども目に着くようになった。
「魯肉飯をきっかけに台湾の魅力をもっと知ってもらいたいんです」と唐澤さん。その願いはゆっくり叶いつつある。
取材・文=奥谷道草 撮影=唯伊