遠方から人々が訪れる閑静な住宅街のカレー店
下北沢駅の西口から徒歩5分、中心街から少し離れた住宅街に突如として現れるトタン屋根の建物。その奥を覗いた先にある、木製の扉の店が『YOUNG』だ。
一口で「カレー」と言っても、その時々で流行のジャンルは変化する。近年すっかり“カレーの街”となった下北沢には個性豊かなカレー店が次々と誕生するが、そんな街で、店主の梶原さんは創業から変わらず欧風カレーだけを作り続けている。その理由を尋ねてみると、「欧風カレーが好きだから」と至ってシンプルな答えが返ってきた。
この店を創業したきっかけも、「好き」という気持ちが高じて自宅で欧風カレーを作っていたことだった。あるとき、カフェを営んでいた友人がそんな梶原さんを飲食イベントに招待し、そこで初めてカレーを販売することに。イベントを機に梶原さんの作るカレーは評判となったが、当時はまだカレーを生業にする気持ちはなかったという。しかしその後、東日本大震災などを経験し自身の生き方をあらためて考えたときに、「好きなことをして生きていきたい」という想いが強くなり『YOUNG』をオープンするに至った。
飲食経験のない梶原さんだったが、学生時代に専門店やホテルで味わった“本格的な味わいのカレー”を再現すべく、自己流で欧風カレーを研究。図書館やインターネットで情報を集め、欧風カレーのルーツであるフランス料理の基礎から徹底的に学んだ。
また、カレーと一緒に外食ならではの「楽しさ」や「特別感」といった“体験”も提供したいと考え、店内は音楽やアートなどさまざまなカルチャーから影響を受けた、オリジナリティ溢れる空間に。外食ならではの特別感を演出しながらも、決して飾りすぎることなく、自然体な空間づくりで唯一無二の“YOUNGらしさ”を表現している。
そんな同店ならではのコンセプトやカレーに惹かれ、地方や海外から足を延ばして訪れる人も少なくないという。すでにファンが多い同店だが、梶原さんは「店を気に入っていただけた方にだけ来てもらえたら、僕は十分なんです」と謙虚に話す。
完成までに数日かかる、複雑な味わいの本格欧風カレー
梶原さんが試行錯誤を重ねて生み出した『YOUNG』の欧風カレーは、子牛の牛骨や鶏ガラ、数種類の香味野菜をふんだんに使った自家製フォン・ド・ボー(フランス料理に用いられる出汁のスープ)をベースに作られる。そこに、数日間寝かせて味に丸みを持たせた数十種類のスパイスと、飴色になるまで6~7長時間炒めたタマネギを合わせ、2~3日という時間をかけてようやくルーが完成する。
コクを出すために時間と手間をかけて作られたカレーは、まるでフランス料理のソースのようにこっくりとした味わいだ。
この日注文したのは、梶原さんにおすすめしてもらったチキンカレー。スパイスの粒感が残るまったりとしたルーは、甘味のあるフルーティーな香りが鼻を抜けたあとに、深みのあるビターなコクを感じられる。味わっていくうちに後から追ってくるスパイスの風味も、絶妙な辛さでクセになる。
メインの具材であるチキンは、オーブンで焼く際に火を入れすぎないことで柔らくなるよう調整されている。口の中でホロホロと身がほどけ、ジュワッと鶏肉の旨みが溢れ出す。また、ルーに浮かぶバルサミコ酢で漬けられたうずらの卵のマリネも、酸味が程よいアクセントに。しっかりとパンチの効いた味わいの中に、溶けあった具材の多彩な旨みとまろやかさを感じられる一皿だ。
カレーと並んで人気なのが、『YOUNG』で提供する唯一のデザートメニューであるプリン。梶原さんと交流のある下北沢の人気ベーカリー『KAISO(カイソ)』が手掛ける洋菓子ブランド『scent(セント)』のプリンをメニューに取り入れたところ、たちまち名物デザートになったという。一つひとつ手作りされているため、数量限定で提供も不定期。いつしか“幻のプリン”と呼ばれるように。
昔ながらの素朴なプリンは、卵の優しい風味と香ばしいカラメルがマッチした上品な甘さ。食べている間は、まるで老舗の喫茶店に訪れたような気分にさせてくれる。
プリンのみの注文は受け付けていないため、カレーを味わったあとの辛い後味をプリンの優しい甘さで和らげるために注文しよう。
創業以来、カレーのベーシックな味わいは変わらないものの「店に対して嘘はつきたくない」という想いから、ここ数年はカレーに使用する具材の見直しを行っているという。現在は環境問題の観点から、人気メニューだったビーフカレーの提供をきっぱりとストップしている。こうした梶原さんの感性がまっすぐに反映された等身大のメニューも、『YOUNG』らしさのひとつと言えるだろう。
同店のカレーを味わってみたい人は、営業時間や定休日が不定期になることもあるため、店のインスタグラムやホームページをチェックしてから来店しよう。
取材・文・撮影=稲垣恵美