駅からほど近い雑居ビルの5階。ともすると見逃してしまうシンプル過ぎる小さな立て看板が目印
目黒駅の東口を出て徒歩約1分の雑居ビル5階にある『こだわりのインド・ネパール食堂 マーダル』は、入り口が少々わかりづらいことを除けば好立地であることは間違いない。途中下車でちょいとランチするにも苦にならない距離だ。
エレベーターを降りてドアを入ると、石造りのたたきにピカピカに磨かれたフローリングの上がり框(かまち)があり、左手には靴棚がしつらえてある。奥の店内には低めの木のテーブルとアジアンな椅子が並び、まるで友の家にでも訪れたような居心地の良さそうな雰囲気が漂う。
オープン以来の常連客も多く、当初は床にじかに座ってリラックスしてお酒やスパイス料理を楽しみ、〆にカレーを食べるといった座敷だったが、お店の歴史とともに歳を重ねた常連さんたちからのリクエストで6~7年前に椅子を取り入れ、今のスタイルになったそう。
そのためばかりではないだろうが、勤務先が目黒から離れても通ってきてくれるお客さんも多いという。お店に入った瞬間に感じたアットホームな雰囲気は、「おいしい楽しい時間を仲間と過ごす、そんな小さな幸せを届けられたら」という店主の心遣いが生むくつろぎの空気感が伝わってくるからかもしれない。
インド・ネパール料理店には珍しい日本人シェフ。丁寧に手作りされた唯一無二の舌にもカラダにもやさしいカレー
マーダルセットは、ディナーで楽しめるおまかせプレートで、インド料理とネパールの家庭料理が1皿で味わえる。この日はバターチキンカレー、タンドリーチキン、チョエラ(羊肉のスパイス和え)、バトマスサラダ(煎り大豆と生野菜のサラダ)、大根のアチャール(ピクルスのようなネパールの家庭料理)、パロタ(パイのように生地が層状になったインドの無発酵パン)、パパル(ひよこ豆のピリ辛せんべい)の7品。
どれも申し分なくおいしいのだが、なかでも絶品なのはその80%が玉ねぎで、最低限の油と野菜から出る水分、調和を大事にした店オリジナルの黄金比スパイスで煮込まれたバターチキンカレー。それをパリパリもっちりの自家製パロタにたっぷりつけて食べる。ほどよくスパイシーで、玉ねぎの甘さが口の中にやさしく広がる。本場インドではかなりオイリーなパロタも、極限まで油を落としているとのことで食感は軽い。このパロタ目当てに来店するお客さんもいるというのもうなずける。
すべての料理に化学調味料などの添加物は一切使わず、手間を惜しまず仕込まれた丁寧な仕事ぶり。1歳の小さな子どもからお年寄りまで食べられるとおっしゃった店主の言葉に噓はない。滋味深く、まさに“やさしい”味だ。
「地球の歩き方」を片手にネパールへ。原点は店主の「世界ウルルン滞在記」的体験
店主の竹田さんがインド・ネパール料理のお店を始めるきっかけとなったのは、学生時代にトレッキングに訪れたネパールでの体験。帰国後、神田の語学学校でネパール語を学び、再び訪れたネパールでは、現地の家庭にホームステイして半年あまり滞在した。
自給自足に近い暮らしを体験し、そこで食べた素朴なネパールの家庭料理やお祭りのときの料理を今、『マーダル』で提供している。ネパールの味そのままではなく、試行錯誤を重ねながら日本人の味覚にあわせてブラッシュアップされたやさしい味のインド・ネパール料理にして。その思いは店名に添えられた“こだわりのインド・ネパール食堂”という言葉に込められている。一度食べたらまた食べたくなる、恋しくなる味だ。
取材・文・撮影=京澤洋子(アート・サプライ)