哀しいかな、東京の空は狭い
そもそもなぜこんなに意気込んでいるのかというと、話は今年5月に遡る(さっさと本題に入れよと思った方は、次の見出しまでスクロールされたし)。神田駿河台の編集部で原稿と睨めっこしていた筆者は、ふとその夜に月食を見られることを思い出した。しかもスーパームーンの皆既月食。天気も悪くない。調べてみると、すでに部分食は始まっていて、あと20分で皆既食スタートだ! 慌てて窓から南東の空に目を凝らしてみたけれど、見えるのはビルばかり。ええい!と仕事を放り投げ、会社を飛び出した。
神保町方面に向かって坂を下る少し手前あたりから南東の空が見えるのではないか、と歩き始める。しかし、見上げても視界に入るのはビル、ビル、ビル。月は一向に見えない。こんなにも建物がうっとおしいと思ったことはなかった。ちょっぴり南東方面の空が垣間見えることがあっても、月の気配はゼロ。
右往左往しているうちに、皆既食の時間は終わってしまった。
暗くて気づかなかっただけで、思いのほか雲が出ていたのだろう。神保町の街が明るすぎて見えなかったのかもしれない……そう自分に言い聞かせてトボトボと家路に就いた。
屈辱だったのはその後だ。
JR日暮里駅の跨線橋付近を歩いていると、視界の端に光るものがあった。何気なく目を向けると、そこには爛々と光り輝く満月……!
もちろん、月食が終わっていて月は明るかったし、高くのぼっていたから、神保町で探した時よりも遥かに難易度は低い。でも、場所を選べばこんなにも簡単に見えたのかと思うと、悔しくってたまらなかったのである。
11月19日の月食は何時にどっち?
さて、まずは今回の月食について。東京都心では月の出前から部分月食が始まり、ひとくち食われた状態で16:27に顔を出す。最も食われる時刻は18:02。そのときの高度が17.3度、方角はちょい東北東寄りの東、方位角約79度。
高度はゲンコツひとつで10度だから、なかなか低い。
月食が終わるのは19:47で、このとき方位はちょうど真東くらい。とにかく東の空がピンポイントで地平線近くまで見える場所を探さねばならないというわけだ。(参考=暦計算室 「月食各地予報」)
作戦その1 台地の突端から見る
理想は、高台、丘の上、崖っぷち。日暮里駅近くからよく見えたことを考えても、まず検討すべきは武蔵野台地の端っこだ。
「なんのこっちゃ」という方のために補足しておくと、武蔵野台地というのは東京東側の低地に対して一段高くなっているところ。
この台地の東端(黄色と緑色の境目あたり)を東向きのバルコニーに見立ててみると、どこからでも楽勝で東の空を見渡すことができそうな気がしてくる。
もちろん、そんなわけにはいかない。残念ながらたいていの建物は人間よりもデカいので、かなりの場所で建物に邪魔され、バルコニーどころか東端にすら立てないことが予想される。とりあえず地形図で片っ端から東端を調べて、少しでも東の空が見えそうなところを探してピックアップした。
勘のよい方はお気づきかもしれないが、5月にうっかり見えたJR日暮里駅付近は、武蔵野台地の突端にあたる場所のなかでもなかなかの好条件だったことがわかる。
作戦その2 方位が重なる道路から見る
特定の方位に建物がなきゃいい、という条件だけ考えると、実は高台である必要はない。都心で建物がない場所、それは道路である。お目当ての方位に向かって延びる広めの道路があれば、道の先に月!という素敵な光景に出合えるのではないかという仮説も浮上した。
「アレ、“地形”を読み解く企画なんじゃなかったっけ?」と思った方は黙っといてください。道にも地形は大いに関係しているし、“地図”を読み解くことには変わりないのだ……とブツブツ言い訳しながら、79度の方位線を引き、それとぴったり重なる道路を探しまくる。
そうして見つけた候補地がこの2箇所。
あとは、地図上でこねくり回した理屈が正しいかどうか、実際に行って確かめてみるしかない。
地図で見つけた候補地を実地踏査!
候補地が全部で8つもあるとなると、月食のオンタイムに全て見に行くというのは当然ながら無理。というか、見えるかどうかを事前に調査して、その結果をみなさまにお伝えしようというのが本記事のそもそもの主旨である。
つまりは、11月19日の夕方に「月がどこにあるか」がわかる必要がある。現地でコンパスを見て、ゲンコツか分度器で高度を測って……というやり方でもいいのだけれど、今は令和時代。そういうツールはないのかしらと探してみたら、ドンピシャのアプリがあった。その名も「Sun Surveyor(サン・サーベイヤー)」、任意の日時の太陽と月の位置を表示できるという優れモノだ。
今回はこのアプリの目玉機能「ARカメラ」で、11月19日の18:02(食が最大になるタイミング)の月の位置を把握して調査することにする。
候補地1 富士見橋(田端)
JR田端駅から田端高台通りを北上したところにある富士見橋。「東京に“富士見”のつく場所ありすぎ問題」は筆者が長年訴えていることではあるけれど、ここで月食がバッチリ見えれば「月見橋」に改名するチャンスというわけだ。
橋の北側から東方面を見ると、こんな景色。
ここに、「Sun Surveyor」で月食時の月の位置を重ねてみると……
さすがに月の出は建物に隠れてしまうけれど、月食はばっちり見える。月の下には新幹線、橋の下には山手線というトレインビューのおまけつき。なかなかいい出だしだ。
候補地2 田端台公園(田端)
お次は候補地1(富士見橋)から歩いてすぐの田端台公園。正確には、公園よりも少し北側、田端駅寄りの場所だ。
どうだ! 月の出直後から見えるという優秀さ。ただ、視界が開けすぎていて、イマイチ“都心から見る月”感がないのが難点といえば難点か。
候補地3 両大師橋(上野)
続いてはJR上野駅公園口からすぐの両大師橋。こちらも線路を跨ぐ橋だ。田端に比べて向こうのビルたちの背が高いのがネックになりそうではあるけれど……。
どうかしら、合格点じゃない?
候補地4 聖橋(御茶ノ水)
「また橋かい!」という声が聞こえてきそうな候補地4つめ、御茶ノ水は聖橋。編集部から近いし……とオマケ的に入れた候補だけど、秋葉原に向かってぐっと下る淡路坂を思い浮かべると悪くない気がする。
かなり食われた状態でビルの裏から顔を出すということになるが、比較対象になる建物があることで月が大きく見えて楽しいかもしれない。JR御茶ノ水駅出てすぐというアクセスのよさも抜群。
ちなみに橋の真ん中まで行けば、神田川、JR、地下鉄丸ノ内線が見える絶景トレインビュースポットなのだけれど、そうするとビルが大変お邪魔くさいことになる。うまくいかないもんです。
候補地5 三宅坂(桜田門)
皇居の内堀の脇、半蔵門から少し南に下ったあたりにある三宅坂。左手に皇居、目の前にお堀、その先には丸の内の高層ビル群……という東京屈指の絶景スポットでもある。個人的には大本命の候補地だ。
ビルの向こうからのぼってきて、うまくいけばお堀の水面に月の光がうつるかも、というロケーション。総合的な風景の美しさを考えるとやはりピカイチな場所じゃなかろうか!
候補地6 仙台坂(麻布十番)
麻布十番の街から少し外れた善福寺の南側、西に向かってのぼる坂。申し訳程度だけれど東京タワーが見えるというのも悪くない。
ビルの間をかすめてのぼる月が見える。左手はお寺の敷地だから明るすぎることもないだろうと思われる。
候補地A 国会議事堂北側(永田町)
さて、ここからは予備候補。国会議事堂がちょうど方位約79度に向かって立っているので、その周囲の道が必然的に月見ロードになるはず、という仮説だが……。
見事に、道の先に月が浮かぶ構図になった。道路の真ん中に立てばバッチリな画になるのだけれど、大人しく歩道から見るに留めた。それでも十分な月見ロードである。
候補地B 目黒通り(目黒)
ラストは、JR目黒駅からすぐの目黒通り。今回の中では唯一、月に向かって上り坂の候補地である。見事に道の先には何もないけれど、見える空の幅はかなり狭い。
うーん、月食の前半はほとんど見えないという結果! ただ、徐々に月が明るさを取り戻していく18時以降なら、狙い通りの景色を見ることもできそうだ。
まじめに探せば、案外見える
武蔵野台地の東端6地点+方位79度の道2地点、全部で8地点の候補を見てまわってわかったのは、都心の地べたからでも「案外見える」という喜ばしい事実。
もちろん、地形図とグーグルマップを駆使して大まじめに下調べをした結果だけれど、タワーにのぼったり公園に行ったりしなくても見える場所があるとわかれば、散歩の楽しみもひとつ増える。
11月19日はぜひとも早めに仕事を切り上げてブラブラ歩き、日が暮れたころにふと「そういや今日は月食だっけか」なんつって月見スポットに向かうべし。
文・撮影=中村こより(編集部)