突如出現した、地元らしからぬ小洒落た店は……

『Welders Diner』。

ご覧のように、まるでアメリカ映画のなかから飛び出してきたような小粋な外観。看板には「craft beer,cofee,eat and take away」とあり、きっと昼間はカフェ、夜はバー営業となる、ちょっと小洒落た店なんだろうと思った。そして、なんだかそれまで地元にあった店とは雰囲気が違いすぎて、しばらくはなんとなく入れないでいた。「自分みたいな場末の酒場好きが行く店じゃないだろう」と。

ところが1年ほど経ったある日、当時はまだ小さかった子供とともに家族で入れる店に飢えていた。ファミレスもよく利用していた。そんな流れで、「あ、あそこなら入りやすいかも」と何気なく行ってみると、これがものすごく良いお店で、それまで来ていなかったことを後悔したのだった。

広々とした店内は、ベビーカー同伴でも余裕だった。
小粋な店内の外に、いつも通っている街の風景が見える新鮮さ。

その日はちょうどベビーカーで眠ってしまっていた娘の横で、夫婦それぞれにサンドウィッチを頼み、僕は「まさかここにあるとは!」と嬉しくなった瓶ビール、サッポロの「赤星」なんかを飲んで、とてもいい午後を過ごした。

が、後日知ることになる。この店の真骨頂は、どんどん樽が入れ替わる「クラフトビール」にあるということを。

鉄で作られた、ザ・ビートルズ『アビイ・ロード』がモチーフのオブジェが印象的。
まるでCD屋のような、カウンター内の棚。
DJブースなどもあり、店主がかなりの音楽好きであることがわかる。

夫婦で作りあげた秘密基地

店主の岩下祐亮さん。

穏やかで優しい笑顔と接客が心地よい店主の岩下さんは、長く飲食業界に携わってきた人。とある飲食チェーンの店長を10年経験するうち、やがては自分の店を持ちたいと思うようになる。

なかでも特に魅力を感じたのが「クラフトビール」の世界だった。各地のビアフェスに通っては世界中のビールを飲むのが趣味となり、ついにはクラフトビール専門店に入って勉強をし、現在の店の土台を固めた。

現在、店には5つのタップがある。
岩下さんのセンスで、常におもしろいクラフトビールが仕入れられる。
注ぎは熟練の技。
いつでもこんな、美しいビールが飲めるのだ。

岩下さんの奥様は「MINORI IMAI iron works」の名前で鉄作家をされており、先ほどのビートルズのオブジェや外の看板を含めた、お店のデザインも担当した。4年前、その奥様の工房から遠くない場所という条件で検討した結果、下見に来た石神井公園の街の雰囲気が気に入った。そこで空き店舗を探すと、あっけなくいい場所が見つかり、これは運命! とばかり、勢いで店をオープンしてしまったのだとか。

ただ、そこはもともと飲食店ではなく、バイクショップだった。つまり、飲食店の居抜きではなく、ただの“四角い箱”状態。が、岩下さんにとってはむしろそれが良かった。知人の大工さんひとりに協力してもらって基礎だけは固めてもらい、あとはすべて自分たちで手作り。まるで秘密基のようなわくわく空間は、そうやって生まれたというわけだ。

「だから、永久に店づくりが終わらないんですよね」と笑う岩下さん。

元々はビール専門店を作ろうと考えていたが、エリア的に子連れ層も多いだろうということで、家族で連れてゆったり食事ができて、親はお酒を1、2杯、といった楽しみかたができるよう、カフェっぽさもあるビアバーになったのだとか。その際、ベビーカーがストレスなく入れるように設計したそうで、つまり僕は最初から、完全に岩下さんの作戦にハマっていたというわけだ。

ビートルズのオブジェは、誰が見てもわかりやすいアイコンとして、また、奥様が純粋に作りたかったこともあり制作された。そのせいで勘違いされることもあるそうだが、ビートルズだけを推す店というわけではなく、岩下さんの好きなオールジャンルの音楽が流れる。

クラフトビールと大衆酒場的つまみの組み合わせが楽しい

取材時のクラフトビールラインナップ。

今回は取材ということで特別に、岩下さんがすべてのビールをミニサイズのグラスに入れて並べてくれた。

見るからに個性的なビールたち。

左から順に、群馬県、シンキチ醸造所の「高崎ブロンド」「みかん番茶」「切干」、同じく群馬県、Octone Brewingの「UPSTREAM IPA」「ヤマビト・エール」。この時は4周年に向け、すべて岩下さんの出身地である群馬県から取り寄せたラインナップ。

ふだんは、5種類という制限のなかでスタイルがなるべくかぶらないように、そのときのトレンドやバランスも考えつつ、日本のブルワリーのものを中心に仕入れているという。ただ、岩下さんいわく最大の判断基準は、「単純に自分が飲みたいやつ!」。

サイズはRegular(250ml)とLarge(473ml=1パイント)から選べる。

写真は、シンキチ醸造所の「みかん番茶」で、Rが900円、Lが1400円。「絞ったあと半年間低温で寝かせたみかん果汁と非焙煎の番茶を使ったIPA」という、未体験にもほどがあるビールだ。

これが名前のとおり、キリッと爽快な飲み口のなかに、ジューシーで深いみかん果汁、それから、確かにふわりと番茶の香りがする、不思議で美味しすぎるビール! こういう体験がいつでもできる店が近所にあることがなんとも嬉しい。

ちなみに、ビールが1杯1000円以上というのは、ふだん大衆酒場でばかり飲んでいる僕にとっては、もちろん安くない。どのビールも熱い想いを込めてていねいに作られた、その価値があるもとはわかっていても、やっぱりちょっと特別な一杯だ。

ただ、ここからがWeldersのすごいところ。アメリカンダイナー的なグランドメニューの他に、岩下さんの作る日替わりのおつまみメニューもあり、それがいつでも、いかにも酒飲み好みの、ちょうどいい〜ラインナップなのだ。いわく、自分が和食好きなので、日替わりを考えるとどうしてもこういうメニューになりがちとのこと。いやいや、それが最高!

急に大衆酒場風。

これは別日に飲みにきた時の写真だけど、なんと手作りの切り干し大根を使ったという“ベジタブルエール”、シンキチ醸造所の「切干」のL1200円を頼み、おでんを2品。

大根と京がんも(2個)、それぞれ100円。

言われなければ切り干し大根を使ったとは気づかない爽やかな味わいがおもしろい「切干」と、それに合わせてみたおでんの大根、さらにがんも。ゆっくりじっくりと味わってほろ酔いになり、お会計が合計で1400円という、そのリーズナブルさになんだか脳がバグりそうな状況が発生するというわけだ。

そうそう、ここで聞き慣れない人も多いかもしれない「シンキチ醸造所」についても紹介しておかなければいけない。

シンキチ醸造所は、群馬県高崎市にある、長屋の理髪店を改装して2016年にオープンしたブルワリー。同じ群馬県出身である岩下さんが偶然その存在を知り、開店と同時に「ビールを置かせてほしい」とお願いするも、地元民向けで手一杯と断られてしまった。が、その後も付き合いは続き、『Welders Diner』が1周年を迎える際、ダメ元でもう一度お願いをしたら、お祝いの意味も込めて仕入れさせてもらうことができ、それ以来、周年の節目のたびに特別にビールを卸させてもらっているのだとか。

ここのビールは岩下さんいわく、「他のブルワリーとはまったく違うジャンル」で、ビールを作るというより、食事に合うお酒を作ることをモットーに、地元の食材を使ったおもしろい商品を次々生み出している。通常のブルワリーならば水の硬度を調整したりするところ、地元の水道水をそのまま使うという一風変わったこだわりも。基本、県外には出していない商品なので、東京で飲めることはまずないという貴重なビールだそう。

個性的な料理に、贅沢サンドウィッチまで!

そんなわけでいよいよ、今日はフードもしっかり頼んで、じっくり飲んでいこう。

定番のフィッシュ&チップス900円。

巨大な白身魚のフライは肉厚でホクホク。これに「モルトビネガー」少々をたらして食べるのがビールに合いすぎる! 下に敷かれた大量のフライドポテトも嬉しい。

フライドちくわぶ300円。

こちらは期間限定の岩下さんの創作料理。塩気の効いたサクッとした衣に包まれたもちもち食感。ちくわぶ好きの僕にとっても衝撃の美味だった。

秋なす漬け300円。

なんと自家製の漬物まで! これがまた、絶妙〜な漬かり具合で美味しく、シンキチ醸造所の和食に合うビールと相性ばっちり。

ちなみに『Welders Diner』のフードは今年の12月から、もともとお客さんだったというシェフがスタッフに加わり、さらに充実してゆくのだとか。肉料理が得意なシェフによる、パテから手作りするハンバーガーも登場予定らしく、今から楽しみすぎる。

ちなみに樽生ビールの他、瓶、缶のクラフトビールも販売されており、テイクアウトの他、店内でも飲むことができる。

興味深いビールがずらり。

また、もちろんランチタイムの10〜15時の間は、カフェとしての利用もおすすめ。アメリカのフィラデルフィアスタイルの、フィリーチーズステーキサンド1400円は、ちょっと贅沢な昼ごはんを味わいたい気分をぞんぶんに満たしてくれる。

この日のランチメニュー。
サンドウィッチにはポテトとドリンクがつく。
たっぷりのステーキ肉と玉ねぎのグリルに、とろけるチーズがこれでもか!

店主からのメッセージ

「この店を僕が始めた当時、地元の方々は『なんだか街に似つかわしくない店が来たぞ……』なんて思っていたみたいなんです。実際、お客さんからそんなふうに言われることも多くて(笑)。でも、たった4年後の今、ポツポツといろいろな場所に、新しい人が始めるお店ができはじめたりしていて、どんどんおもしろくなっているなというのが、石神井公園という街の印象です。

うちの店名『WELDERS』には、鉄作家である妻にちなんだ「溶接」の他にもうひとつ、「つなぐ」という意味があるんですね。お店に限らず、この地域でおもしろい活動や企画をやっている人って、実はたくさんいる。そんな人たちをつなげるハブのような存在になれたらいいなって、勝手に思っていたりもします(笑)。

うちもそろそろ、いろいろなイベントを企画していきたいと思ってますし、石神井はこれから、さらにおもしろくなっていくと思いますよ。」

グッズコーナーにはオリジナルグッズも多数。
グラウラーを買って生ビールをテイクアウトすることもできる。

「クラフトビールの最大の魅力は一期一会。その時々によって、ブルワリーが試行錯誤して作った様々な味のビール、もう二度と会えないかもしれないビールがたくさん生まれます。お店それぞれのラインナップや、どこでどんなビールに出会えるか、そのときの気分や好み、シーンで色々な味が楽しめる懐の深さが魅力だと思います。

当店ではカフェでコーヒーを飲む感覚で、リラックスしてビールをお飲みいただけます。一口にビールと言っても色々な種類のビールがありますし、まずは難しいことは考えず『とりあえず』いつもと違うビールを飲みにきてみてください」(岩下祐亮さん)

住所:東京都練馬区石神井町6-16-11-101/営業時間:11:00〜23:00/定休日:火/アクセス:西武鉄道池袋線石神井駅から徒歩10分

取材・文・撮影=パリッコ