お稲荷さんを守り続けてきた町・神田

神田はお稲荷さんが本当に多い。「私どもの町会でも延寿稲荷と出世稲荷の二つのお稲荷さんをお預かりしています」と、『神田志乃多(しのだ)寿司』・専務の原田勝信さん。地図を広げて数えてみると約2.5㎞四方のエリアに、30もの稲荷社が確認できる。江戸時代この辺りには武家屋敷が多く立ち並び、その邸内には屋敷神が祀られていた。時代は移り変わりビルが林立するようになっても、屋敷神にルーツを持つ稲荷社が残ったらしい。その数の多さに、お稲荷さんを大切に守り続けてきたこの町の人々の思いの強さが伝わってくる。

コースは全長約3.5㎞。神田駿河台の氏神として崇敬を集める太田姫稲荷を皮切りに、靖国通りから入った裏通りに鎮座する、幸徳稲荷や五十稲荷、真徳稲荷、延寿稲荷、出世稲荷を巡っていく。さらに神田川の昌平橋を渡って秋葉原電気街へ。花街の鎮守だった講武稲荷、河畔の柳森神社を経て秋葉原駅東にある金綱稲荷で締めくくる。それぞれの由緒も興味深いが、表情豊かな神狐たちが魅力的。「鬼滅の刃」の“禰豆(ねず)子”みたいに何かをくわえているお狐様もいて、見比べながら歩いてみるのも楽しい。

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(1)太田姫稲荷神社

悪病除災の霊験で信仰を集める

江戸の開祖・太田道灌が、娘の悪病退散を山城国(京都)の一口(いもあらい)稲荷に祈願し快癒。長禄元年(1457)、その稲荷神を江戸城内に勧請したのが始まり。以後、江戸城鬼門へと遷座され、昭和6年(1931)の総武線拡張工事の際に現在地へ。表情豊かな狛犬は江戸時代のものという。

拝殿前に置いてあるお守り。お気持ちを賽銭箱へ。

(2)幸徳稲荷神社

小さな社は11代将軍家斉の頃のもの

3代将軍家光の乳母、春日局の末裔・稲葉家の邸内に祀られたのが起源。当時から社には雨風を防ぐ屋根が掛けられていて、保存状態もいい。明治維新後は町内の守護神として住民らが大切に守ってきた。社はビルの外階段を上ったところにあり、独特の趣を見せている。

(3)五十(ごとう)稲荷神社

五と十のつく日には縁日が立った

1600年ごろに鎮座し、徳川家の安産神として崇敬された。その後、社地が足利藩戸田家の邸内になったため屋敷神として祀られた。足利では5、10日に織物市が立つ慣わしがあり、戸田邸でも同両日に門戸を開放、「五十様の縁日」と呼ばれにぎわった。2020年、モダンな木造社殿に。

(4)真徳稲荷神社

ころっと丸い感じのお狐様が個性的

創建年代は不詳だが、神田明神の鎮座と同時期ともいわれている。関東大震災で付近の被害が少なかったことから、稲荷神のご加護と崇敬された。神田児童公園北側の細い路地を入ったビルの狭間に佇む。賽銭箱の御神紋(抱き稲に「真徳」)や拝殿に彫られた龍や獅子もお見逃しなく。

(5)延寿稲荷神社

狐像がくわえる鍵は富や繁栄の象徴

江戸時代、土井家の邸内に祀られた屋敷神が始まり。関東大震災後の区画整理で一時社殿を失うが、町内で疫病が流行したのを機に、住民有志が土井家領国の越前大野へ出向き、延寿稲荷を再勧請し再興した。ビルに挟まれた2畳ほどの社地に、高くそびえる一本のイチョウの木が印象的。

〈ひとやすみ〉神田志乃多寿司

多くの人を虜(とりこ)にしてきた老舗の味

包装紙の絵は鈴木信太郎氏、箱蓋は谷内六郎氏。

創業明治35年(1902)。甘めのタレがよくなじんだ油揚げと辛めの酢飯の相性が抜群。酢飯にはレンコンが混ぜてあり、その食感と優しい味わいに癒やされる。小ぶりな姿も粋。しのだ(稲荷寿司)5個入り594円。7:30~17:00(土・日・祝は~16:00)、火休。☎03-3255-2525

老舗なのにモダンな建物。店内も明るい雰囲気。

(6)出世稲荷神社

神狐が足元に抱えるのは出世の鍵?

江戸時代、連雀町の鎮守神として祀られたのが始まり。連雀町は東京大空襲でも奇跡的に焼け残った場所で、現社殿は昭和3年(1928)の建立。火伏のほか商売繁盛、学業成就の御利益があるとされ、遠方からの参拝者も多い。神田青果市場の商人が出世して寄進したともいわれる。

(7)講武稲荷神社

近隣の三業関係者が多く参拝した

幕府は武道場「講武所」の費用を賄うため、火除地であった加賀原を賃貸。その土地の払い下げを大貫伝兵衛なる者が願い出て、成就したお礼に安政4年(1857)に創建。以来、花街として栄えたことから水商売の神様、火伏の神として尊崇された。お狐様もどこか艶っぽい。

(8)柳森神社

お狸さんは出世開運、金運の神様

長禄2年(1458)、太田道灌が江戸城の鬼門除けとして神田川土手に柳を植え、稲荷社を勧請。5代将軍綱吉の生母・桂昌院ゆかりの狸神を祀る福寿社など境内には8社が鎮座する。八百屋の娘から家光の側室となった幸運にあやかろうと開運狸は人気を集めた。開門6:00~ 17:00、無休。

(9)金綱(きんつな)稲荷神社

狐像がくわえた巻物は知恵を表す

慶長年間(1596~1615)、飛脚問屋京屋弥兵衛(日本通運の開祖にあたる)が、道中の安全を期すため伏見稲荷大社を勧請。ある晩、夢枕に立った神霊から「黄金の綱を授ける」との託宣を受けたことから、金綱稲荷と称することになったという。今年9月に社殿が新しくなったばかり。

取材・文=伊東邦彦 撮影=伊東悦代
『散歩の達人』2021年11月号より