にぎやかなすずらん通りに面しているが、つい見逃してしまう狭い間口。ただ扉は開けっ放しで出入りしやすい『永森書店』の新店舗。
「移転理由はビルの老朽化。すぐ物件を探しましたがなかなかなくて1年半かかったかな。でも結果的にいい場所が見つかりました」と店主の永森健太さん。
実家である古書店『秦川堂書店』で6年ほどの修業を経て、独立開業したのは2002年。以来、約100年前の戦前の絵はがき、旅行案内、古地図、戦時資料を主に取り扱うが、なかでも気軽に楽しめて見ごたえのあるのが旅行案内だ。これは鉄道会社や市町村、観光協会、商店街などが手がけた、その土地の名所を紹介する印刷物。蛇腹に折りたたまれた紙を広げると、文章や写真だけでなく鳥瞰図(ちょうかんず)が現れることが多い。
ずっと眺めていたくなる初三郎の鳥瞰図も!
「集め始めるとたどり着くのが鳥瞰図絵師の吉田初三郎の存在。大正の広重といわれて、絵がいいんです」 と永森さんが見せてくれた初三郎の鳥瞰図は、なるほど、山の描写が立体的で生き生きして、遠景も細かな家々や街路樹、船も丁寧に描き込まれ、色も鮮やか。道路や役所や寺社、駅などがわかりやすく記される一方で、絵巻物のように雲がたなびいていたりするから面白い。絵としても地図としても見飽きず、ずっと眺めていたくなる。
ちなみに今熱い場所なんてある?「埼玉県ですかね。観光地が少なくて、絵はがきや旅行案内を作っても売れなかった分、今は貴重で相場が高いんです。京王、小田急、西武、東武など東京の私鉄沿線も人気。自然より建物や街が描き込まれているほうが面白いです。自分の住む街や多少知っている土地の旅行案内のほうが当時と今を比べられるから楽しめますよ」 。何気なく手にしたレアものの川口市も、鳥瞰図になれば一大観光地に見えてくるから不思議。この時代にゴルフ場があったんだ! この道は駅につながる道かな? ……気づけばすっかり頭の中で散策してる私がいた。
〈こんな棚、あります 〉
絵はがき
全国各地の観光名所ほか、産業、美術、文化、学校、商船、軍艦など多彩なジャンルがある。花魁(おいらん)ものも人気で、写真は新吉原花魁道中絵はがきセット6万円など。
戦時資料
戦史や軍部資料のほか、日本の統治下にあった満州、中国、朝鮮、韓国、台湾などの絵は
がきや風俗写真、土地案内も並ぶ。大学教員や研究者が研究対象としても買い求める。
旅行案内・鳥瞰図
全国の主要な都道府県ごとに分かれて陳列。鉄道路線図や写真と文章だけの観光案内もあるが、圧倒的に目を引くのが鳥瞰図の品ぞろえ。価格は1000円台~数万円と幅広い。
取材・文=下里康子 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2021年11月号より