地元で約20年愛されたダイニングバーの面影が残るカフェ
吉祥寺東急の裏通りに面したビルの3階に、2016年からひっそりと店舗を構える『コマグラカフェ』。もしかしたら、地元に長く住んでいる人にとっては、このビルの階段を上がる光景はおなじみに感じるかもしれない。
以前この場所には、約20年にわたり家族経営で営まれていた地域密着のダイニングバー「こまぐら」があった。地元住民に惜しまれながらも店を畳んだが、店の名前を受け継いだ新たなカフェとして再スタート。店内はカフェらしいやわらかな雰囲気をまとっているが、よく見るとバーカウンターなどがそのまま生かされており、ダイニングバーだった時代の面影を感じることができる。
「こまぐら」をカフェへと生まれ変わらせたのは、店主の吉田さん。以前は、井の頭公園の裏側で『kibi cafe(キビカフェ)』という別のカフェを運営していたが、タイミングが合い、この場所で新たにカフェを開くことに。吉祥寺周辺で暮らしてきたという吉田さん自身も、実は「こまぐら」にたびたび足を運んでいた客の一人だった。「そのときは、まさか自分がこの場所でお店を開くなんて思っていませんでした」と、ふふっと笑う。
新しいもの、古いものが混ざった“ごちゃまぜ”の空間
内装は、新しく壁を塗り替えたり、タイルを入れたりしてイメージを変えたが、テーブルや椅子などはダイニングバーで使っていたものをそのまま使用。古い「こまぐら」を生かしながら、新しい『コマグラ』を取り入れた、“ごちゃまぜ”をコンセプトにしている。
また、“ごちゃまぜ”になっているのは、インテリアだけではない。吉田さんが気に入ったものは、古い・新しいを問わず、カフェで使う食器やメニューにも反映されている。例えば、食器棚の中でもひときわ目を引くバラの柄のカップは、吉田さんがアルバイトをしていた喫茶店が店を閉めるときに、店主から譲ってもらった思い出の品。これまでも、これからも、吉田さんの思い出とともに温かいコーヒーを届け続ける。
「あえて統一をしないで、好きなものを集めたらこうなりました」と話す吉田さん。吉田さんの好きなものが詰まったこのカフェは、空間からメニューまでひとつのものにこだわらず“ごちゃまぜ”なのだ。そんな、この店にしかない雰囲気に魅力を感じて通う常連も多いという。
季節ごとに移り変わる、色彩豊かなフルーツのパフェ
『コマグラカフェ』の看板メニューは、旬の果物を使った自家製パフェ。季節ごとの果物を使っているため、パフェの内容は時期によって変化する。パフェが変わるたびに訪れるファンもいるほど、人気のデザートだ。また、パフェは果物の仕入れに合わせて提供するため、提供期間を定めていない。「お客さんに、このパフェはいつまでありますか?と聞かれるんですが、いつもちゃんとお答えできなくて」と申し訳なさそうに話す吉田さんだが、あくまで果物を主役に提供しているため、このスタイルは今後も変わらないという。
パフェは毎年だいたい決まった種類を提供しているというが、たまに違う種類のパフェになっていることもあり、そこに決まりはまったくない。吉田さんが提供したいと思ったものによって、常時変化していくのが“コマグラ流”なのだ。とはいえ、店のインスタグラムでは随時パフェの情報を更新しているため、狙って食べに来たいパフェがあるときは、そちらをチェックしてから訪れるのがベストかもしれない。
また、ドリンクで興味をそそられるのは、昔ながらの瓶に入ったソーダとともに提供される、自家製シロップソーダ700円。果物を砂糖だけで漬け込んで作ったシロップを、ソーダで割って楽しむドリンクだ。こちらもパフェと同様、旬の果物を使っているため、季節ごとに果物は変化する。シロップは店内で作っており、ときどきカウンターには果物を漬けた瓶が並ぶことも。それを見たお客は、興味をそそられてつい注文したくなってしまうようだ。
果物は『無茶々園』という愛媛の農園から無農薬・減農薬のものを仕入れている。この日は「かわちばんかん」という大きな柑橘を使ったシロップで、カップにソーダを注いだ瞬間、シュワシュワという耳に心地よい音とともに、柑橘の香りがふわっと鼻をくすぐった。上品な甘味と、グレープフルーツのようなほろ苦さは、大人が喜ぶ味わいだ。さらにシロップを入れながら飲むと、お好みの甘さに調整もできる。
パフェもソーダも、一言では表せない複雑な味わいで、たちまち魅了されてしまった。
「カフェに行くということは、そこで時間を過ごすことだから、自分だったら落ち着くところに行きたいなぁ」と話す吉田さん。雰囲気を大切にしているからこそ、自然と人々が「ここで時間を過ごしたい」と思うような空間ができあがっているのだろう。ぜひとも一度、心地よい“ごちゃまぜ”に囲まれて、ここにしかないひとときを過ごしてみてほしい。
取材・文・撮影=稲垣恵美