減らしたら……。見やすい、取りやすい
最寄り駅は3つある。東京メトロ副都心線の雑司が谷駅、東京さくらトラム(いまこんな名前に変わったのか! 都電荒川線のことです)の鬼子母神駅と雑司ヶ谷駅。いずれも古書往来座まで徒歩6~7分といったところだ。そして地理が苦手で道に迷いやすい人には池袋駅をオススメしたい。先の3つの駅より少し時間はかかるけど、東口を出て目の前の明治通りを新宿方面にひたすらまっすぐ、一度も曲がることなくたどり着くことができる。
コロナ禍もあり、なかなかこちら方面まで足を延ばせなかったのだけれど、久々に訪ねてみると、あれっ、なんだか広くなりました? スッキリしました?
「実は置く本を少し減らしてみたんです。あらゆる方に利用してほしいからどんなジャンルも扱っていたのですが、あまり動かない本は思い切ってカットしました。その分、面出しを増やすなどしてメリハリを付け、棚の中の冊数も減らしてゆったりさせています」
代表の瀬戸雄史さんはそう話してくれた。広く感じるだけでなく、棚がグンと見やすくなった。
その背景には、常に店の現状を過渡期だと捉え、謙虚に学ぶ姿勢がある。
「新進の古書店さんが来店してくれた際、“瀬戸さん、棚がキツいです”と言ったんですね。とても腑に落ちて少しずつ抜いていったらこれが段違いに取りやすくなって……。後輩ってなかなか意見を言えないものじゃないですか。ところが彼はストレートに言ってくれた。若い人がそういうふうに忌憚なく言ってくれるのってほんとにありがたいんです。とても大事なきっかけをもらいました」
『古書往来座』の創業は2004年だから今年で18年目。評論めいた見方をすれば「えっ、今まで気づかなかったの?」と憎まれ口を叩く人もいそうだが、利用客にはそんなことは関係なく、ただ喜ばしい変化があるばかり。瀬戸さんの後輩に対する感謝と実践は貴重だと思う。
『名画座かんぺ』の衝撃
文芸、映画、美術。
多くの本を扱う『古書往来座』の中で、あえて柱のジャンルを挙げるとすればこの3つだろう。文芸は作家の五十音順に整然と並び、近代作家も現役の人気作家も、今では忘れられつつある作家も扱っている。美術は大判の写真集や画集、図録などがとても豊富。そしてこれは当店のすべての本に言えることだが、いずれも非常にきれいに手入れされて、状態が良い。
そして、先の全体を減らした話と矛盾するようだが、「増えたなあ」と感じるのが映画の本。ここはやはり店員ののむみちさんの存在抜きには語れない。彼女は映画好き、特に名画座に通う人のあいだではかなりの有名人だ。
「おかげさまで買い取りも増え、映画の本を探しに来店してくださる方も増えました」
ここで、のむみちさんについて書いておこう。のむみちさんは映画、特に古い日本映画を愛好するあまり、東京都内の名画座の上映プログラムを月単位で表にして、同好の士に配ろうと考えた。驚くべきことにこれが全部手書き! B4サイズの表裏にびっしり上映情報のほか、映画本の新刊情報なども入れてこれをモノクロコピー、そしてきれいにポケットサイズにまで畳んだ『名画座かんぺ』(「かんぺ」はカンニングペーパーの意)はたちまち名画座に通う熱心な映画ファンのあいだで大評判になり、必須アイテムとなった。
「『名画座かんぺ』も100号を超えたので、実は100号分を合本として1冊にまとめた本を2021年10月17日に発行することに決めました。(https://twitter.com/conomumichi/status/1436313384048156678)。よかったらこちらもぜひご覧ください」(のむみちさん)
新聞切り抜き本に服……。楽しい逸脱が待っている
店に入ってすぐの正面は、たいてい何らかの企画棚になっていて、この日は新聞連載の切り抜きを束にして綴じた本(かなり異色だが本、と言っていいだろう)がいくつも積まれていた。これは実にめずらしく、ユニークだ。他の古書店でこういうものを見る機会はほとんどない。
そしてあれ? 服がたくさん並んでいる。
「『ノマド雑貨店めずらしいことり』という屋号を持つ方の出張販売スペースなんです。この方、エストニアに移住することを決めて部屋を引き払ったら、コロナ禍で飛行機が飛ばなくなってしまった。やむなくシェアハウスに移ったものの手狭なこともあり、持ち物を手放しているんです。いずれもすごくきれいに保存されいる逸品ばかりで、毎週続々と納品してもらって、ちゃんと売れていきます」(瀬戸雄史さん)
なんと不思議な出来事だろう。最近、本ばかりでなく雑貨なども一緒に並べるハイブリッド型書店をしばしば目にするようになったが、あれはマーケティングを経て意図して同居させているもの。こちらはいわば「ご縁」だけである。あとはお客さんと一緒に面白がる気持ち。
新聞切り抜き本にしても服にしても、驚きはあるが奇をてらった感じはまったくない。それはやはり、より状態の良い本をキチンと届けようという落ち着いたベースがあり、そのうえで常に変化を求める意思があるからなのだろうと思う。
静かなにぎわいのある、温かい本屋さんである。
取材・文・撮影=北條一浩