「長野ベーカリー」から味と窯を継承
『イトウベーカリー』の看板商品は、コロッケパン200円だ。上の写真がそれだが、迫力ある見た目を裏切り、パンはフワフワ。注文を受けてから作るので、コロッケはベシャッとならずにサックリで、まさに理想のコロッケパンなのである。
この見た目で気づいた町パン好きの人も多いだろうが、これは2017年、ファンに惜しまれつつ閉店した赤坂の「長野ベーカリー」のコロッケパンそのもの。そう、『イトウベーカリー』とは、「長野ベーカリー」を受け継いだ店なのだ。
「長野ベーカリー」は1948年創業の老舗で、2017年に閉店するまでの69年間、赤坂で働く人たちに愛されてきた、東京の老舗ベーカリー。この『イトウベーカリー』を経営する伊藤和貴(よしたか)さんは、その「長野ベーカリー」のパン職人だったのだ。
「長野ベーカリー」では12年間、働いていたが、後年はパン作りのほとんどを任されていた。伊藤さん自身も、ずっと「長野ベーカリー」で働き続けるつもりだったのだが、土地の再開発による立ち退きで閉店が決定。厨房機器を譲ってもらうことになり、ほかでベーカリーを始めることに決めたのだという。
ちなみに『イトウベーカリー』で使っているのは、富士山の溶岩窯で、もちろん「長野ベーカリー」から譲り受けたもの。伊藤さんはまさにベーカリーの要といえるものを、受け継いだのだ。
地元に愛されている『イトウベーカリー』
店を始めるのに、赤坂から離れた西早稲田を選んだのには理由がある。自分や従業員が通いやすい場所だったことと、なにより競合が少ない土地だったということだ。考えてみると、たしかに近隣にベーカリーは少ない。また、西早稲田と聞くと学生が多いイメージだが、早稲田大学から目白通りを渡った文京区近くのエリアは住宅が多い。ベーカリーをやるには、なかなかの好立地だったのである。
それもあり、開店当初から営業は順調。「長野ベーカリー」のお客さんも来てくれたようだが、なにより、ちゃんと需要のある土地で店を始められたというのが大きいのだろう。もちろん、パンがおいしいという前提があってこそである。
メニューはサンドイッチなど惣菜系が多めで、2/3ほどは「長野ベーカリー」のものを継承。ベーグル系など、新しいものを少しずつ取り入れているという。また、『長野』と同じなのが、朝7時という開店時間だ。伊藤さんによると「朝、仕事の前に買っていってくれるお客さんを、大事にしたいんです。そこはこだわりですね」なのだという。地域密着、日常使いがキーワードの町パンらしい、モットーだ。
大事なのは「ブレないこと」
『イトウベーカリー』が地域に愛されているのは、売上からも分かる。平日に比べ、土曜の売上が1.5倍だというのだ。近辺はオフィスも多いが土曜はほとんどが休みなため、必然的に土曜に買ってくれるお客さんは地元に住んでいる人たちだ。西早稲田という土地に、『イトウベーカリー』がしっかり根付いていることが分かるだろう。お客さんも幅広く、男女の別なく若い人からお年寄りまで。子どもを連れたお母さんも、よくやってくるという。
最後に、パン作りで大事にしていることを聞いたところ、「毎日、ブレずに同じ味を提供すること」という答えが返ってきた。すごく当たり前のような答えだが、日常的に食べるパンだからこそとても大事なことで、食べる側からすれば、とてもありがたい言葉だ。
69年続いた「長野ベーカリー」の味を受け継ぎ、2021年で4年目になる『イトウベーカリー』。今後は『長野ベーカリー』を超えるような長い歴史を、この西早稲田で紡いでいくことだろう。
取材・文・撮影=本橋隆司(東京ソバット団)