小野先生
小野正弘 先生
国語学者。明治大学文学部教授。「三省堂現代新国語辞典 第六版」の編集主幹。専門は、日本語の歴史(語彙・文字・意味)。
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旧暦8月の「十五夜」は「中秋の名月」

小野先生 : 日本では江戸時代まで、太陰暦という月の満ち欠けを基準にした暦が使われていました。月はおよそ30日で新月と満月を繰り返します。「十五夜」は1カ月の折り返し地点で、月は満月になります。
ちなみに、30日×12カ月は360日。季節がずれてしまうので、2〜3年にいちど閏月(うるうづき)を設けて1年を13カ月とし、調整していました。また、これとは別に、太陽暦に基づいて二十四節季を設定してもいました。太陽暦のほうが、季節感は安定していて、農業、たとえば田植をいつやるかといったことを判断するには、便利だったのでしょう。旧暦は、太陰暦ではなく、太陰太陽暦と呼ぶのが正確です。

筆者 : 「十五夜」は毎月あった、ということですね。

小野先生 : そのとおりです。閏月は別として、3カ月ごとに春夏秋冬が表現されていました。1〜3月は春、4〜6月は夏、7〜9月は秋、10〜12月が冬です。
同じ季節でも、1月は「孟春(または早春)」、2月は「中春」、3月は「晩春」というように区別されていました。
現代に十五夜とされるのは「中秋の名月」。太陰暦の8月15日です。

筆者 : 2021年の暦で言えば、9月21日が「中秋の名月」にあたるわけですね。

小野先生 : はい。太陰太陽暦には閏月がありますから、新暦(太陽暦)の10月に中秋の名月があたることもあります。

秋の月が愛される理由

筆者 : 月を弓になぞらえた「上弦(じょうげん)の月」、満月直前の期待感を感じさせる「小望月(こもちづき)」など、昔の人はさまざまなことばを付けて、月を見上げてきました。なかでも秋の満月がなぜ名月とされるのか、調べてみると、自然と大きな関わりがあるようです。
秋は夏と比べて湿度が下がり、水蒸気が少ないので空気が澄んで見えるため、夜空に月がくっきりと浮かびます。また、地球から見る月の位置は、夏から冬にかけて高く上がります。秋はちょうどよい中間に見えるそうです。

小野先生 : 「天高く、馬肥ゆる秋」と言われるとおりですね。秋は収穫の季節ですから、満月が豊穣の象徴として観賞された、という事情もあるでしょう。
中秋の名月は古くから日本人にとって大切な存在でした。8月15日は、あのかぐや姫が月の世界に還った日でもあります。

筆者 : お話を伺っていると、月を象徴するヒロインが十五夜と深く関わっているのは、当然のように思えます。

小野先生 : 地上の世界に思いを残すかぐや姫は、故郷への帰還を前に、春から月をみては嘆き、7月の十五夜には憂色いよいよ深まって、周囲を心配させるようになります。そして、8月の十五夜の少し前に秘密を打ち明け、旅立っていくのです。

筆者 : おとぎ話には、文化や人の想いが込められているのですね。かぐや姫の切ない気持ちを想像して月を見上げると、ロマンチックな「十五夜」の散歩を楽しめそうです!

取材・文=小越建典(ソルバ!)