行列と活気が気分を盛り上げる。狭いながらも計算された『ひみつ堂』の店内。
JR日暮里駅から徒歩4分。谷中銀座の入り口にある、夕焼けだんだんと呼ばれる大きな階段を下って左手に目をやれば、いつもそこには『ひみつ堂』のかき氷を求める大行列が。竹箒で作られた茅葺き風の屋根といちご蜜色の引き戸は、素朴で昔懐かしい雰囲気だ。ピーク時には最大6時間程度待つこともあるというが、夏場は時間帯を指定した整理券を配るなど、待ち時間を快適に過ごせる工夫もされている。熱中症対策の飲み物などを持参して、アトラクションを待つ気持ちで行列に並ぼう。
やっと店内に案内される頃には、もうかき氷を食べたくて堪らない状態に! 店内は、かき氷が美味しく食べられるよう、敢えてエアコンは控えめ。冬場は暖房で室温を30℃近くまで温め、ホッカイロを渡し、サブメニューにグラタンを出すなど、かき氷を美味しく食べられる環境作りには余念がない。
店内はカウンター席とテーブル席を合わせて20席ほどとこじんまりしているが、奥の席は1段高くするなど、どこからでもかき氷を作る様子が見られるように設計されている。
氷を削ってくれたのは、『ひみつ堂』勤務歴8年の、大坂早希さん。現在、宮古島の姉妹店運営やマンゴーなどの果物生産に取り組んでいる店主の森西浩二さんにかわり、『ひみつ堂』の味を守っている。鮮やかなハンドル捌きで氷が削られていく傍らで、若い店員さん達が氷隗を運んだり氷蜜をかけたりと忙しく立ち働く様子は、活気があってまるで夏祭りのようだ。この賑やかさを楽しみながら、かき氷の登場を待ちたい。
かき氷を作る時間もエンターテインメント。目の前で仕上がる巨大かき氷
『ひみつ堂』では、森西さんが屋台で開業した時から、手動式のかき氷器を使用している。一日に何百杯も削るには相当な体力が必要だが、手削りならではの微妙なばらつきも、美味しさの秘密なのだという。
使用する氷は日光・三ツ星氷室の天然氷で、毎年採氷作業から手伝うという力の入れようだ。削る前に冷凍庫から出して氷の温度を上げ、季節に合わせて刃の角度を微調整することで、ふんわりと優しい食感のかき氷が生まれるという。
こんもりとしたかき氷は、蜜かけ場へ。『ひみつ堂』の氷蜜は全て手作りで、着色料などは一切使っていない。その自然な色と香りは、見ているだけでも幸せな気分になる。一段高い壇上でたっぷりと氷蜜をかけ、次々とカラフルなかき氷が出来上がっていく様は圧巻だ。
果実そのままの美味しさで桃好きを魅了。その名も桃三昧!
『ひみつ堂』の真骨頂は、旬の美味しさを存分に感じられる、季節限定メニュー。まずは夏らしく白桃を使った桃三昧 1900円(6月~9月頃まで限定)を頂くことに。濃厚な桃の蜜が、かき氷が一回り大きくなるほどたっぷりとかけられていて、存在感抜群の生桃がトッピングされている。
氷を崩さないように慎重に一口。桃の蜜は、香りも甘みも酸味もナチュラルで、剝きたての白桃をそのまま食べているようなフレッシュさ。ぽってりとしたピューレのような食感で、シャリっとした氷との対比も絶妙だ。中には練乳クリームも隠れていて、最後まで飽きさせない。
驚くのは、これだけボリュームのあるかき氷を食べていても、全然頭がキーンとしないこと。温度と削り方にこだわったかき氷は、綿雲のように軽やかで、体にも優しい食べ心地だ。
季節限定メニューの販売期間や販売数は仕入れ状況によって変わり、人気メニューは午前中に売り切れることも。来店前に公式Twitterで本日のメニューを確認するのがおすすめだ。
一番人気のひみつのいちごみるくにマスカルポーネ蜜を加えて、最高の贅沢を。
『ひみつ堂』のかき氷は大盛りなので、氷蜜を単独でかけるだけでなく、トッピングを追加したり、他の蜜を合いがけしたメニューも人気だ。特に最近人気なのが、マスカルいちみ1600円だという。『ひみつ堂』で一番人気のひみつのいちごみるくに、マスカルポーネチーズの蜜を合いがけした、贅沢なメニューだ。
『ひみつ堂』のいちご蜜はシンプルで、材料は静岡県産の旬摘みいちごと砂糖だけ。いちご本来の香りや酸味がギュッと詰まっていて、これまでのいちごかき氷とは一線を画している。マスカルポーネチーズと生クリーム、卵などで作られたマスカル蜜は、ふんわりとろとろの食感で、軽やかな味わい。
この2つの氷蜜は濃厚過ぎて氷に染みこまないが、中にはオリジナルの練乳蜜がたっぷりと染みこんでいて、口の中でそれぞれの味が混ざり合うのが、何とも言えず美味しい!
そんなに並ぶ体力がない、どうしても今すぐ食べたい!という人のために、…
定番メニューも侮れない。追い蜜でどこまでも美味しい宇治金時
フルーツの蜜が注目されがちな『ひみつ堂』だが、抹茶やあずき、ほうじ茶などを使った和風の蜜も根強い人気を誇る。今回はその中から、あえて定番の宇治金時1500円をチョイス。想像以上にたっぷりとつぶあんが乗った迫力ある一品だ。
白い氷がほとんど見当たらないほど、たっぷりとかけられた抹茶蜜。そのまま掬って食べてみると、抹茶の香りと旨味、苦みがしっかりと感じられる。甘いだけの抹茶蜜にがっかりしたことのある人には、ぜひ食べてもらいたい!
添えられた自家製のつぶあんは、くどくない甘さでいくらでも食べられそう。
追い蜜として黒蜜か糖蜜が付いてくるので、甘党の方は最初から、抹茶好きなら途中からかけて味変を楽しもう。黒蜜と抹茶を組み合わせたコクのある甘味は、和菓子好きなら虜になること間違いなしだ。
かき氷を食べながら外を眺めれば、じりじりと降り注ぐ日差しのなか、行列を作る人たちの表情は不思議と楽しげだ。メニューを眺めたり、記念写真を撮ったり。初めて食べる人も、常連さんも、今か今かとかき氷との対面を心待ちにする。そういえば、こんなにかき氷でワクワクしたのはいつぶりだろう? かき氷がごちそうだったあの頃の気持ちまで味わってしまった人は、また懲りずにこの行列に並んでしまうに違いない。
取材・文=岡村朱万里 撮影=加藤熊三