ザリガニはどこで釣るか
あらゆる釣りの真理と同様に、ザリガニ釣りもそこにザリガニがいないと始まらない。田んぼの用水路が第一級ポイントではあるが、田んぼも用水路もない都会に住む人も簡単に諦めてはいけない。池や小川の流れる公園にザリガニがいる場合もあるし、かつての水路が「親水公園」や「せせらぎ緑道」等と名前を変え、人工的に作られた小川にもザリガニはいる。近所にザリガニが釣れそうな水辺が無いか探してみよう。
まずは道具から
スタイル、それが重要だ。
ザリガニ釣りと聞いて、タコ糸にスルメを結んで池にポイっと投げ込むんでしょ?と思った人、正解です。正解も正解、ど真ん中の大正解。ザリガニ釣りに必要な道具は実にシンプルで、竿と糸とエサがあれば始められる。しかも釣具専門店で道具を揃える必要もなければ、極端な話、竿はなくてもよいくらい。
問題は、このシンプルすぎる基本にして王道の釣り方で、どうやって子供の遊びと差別化を図るか。そこにある。そのあたり各自好みのスタイルで挑むのが大人のザリガニ釣りというものだ。
釣り方スタイル例
ザリガニ釣りに必要なもの
<竿>
そこらで拾った木の枝の先に、タコ糸を縛り付け、末端にスルメ等のエサを結ぶスタイルが王道である。しかし都内の公園はよく管理されていて、ザリガニ釣りに適切な木の枝が落ちていないことも。現地に着いてザリガニを探す前に木の枝を探し歩くだけで一苦労なんてことになったら本末転倒なので、心配な人は竿を用意していこう。
とは言え、釣具屋で立派な竿を買う必要はなく、要は竿代わりになる棒状のものがあればよい。入手のしやすさから、園芸用の支柱が第一候補になる(ホームセンターや100円ショップで入手可能)。長さは釣り場によって変わってくるが、足元で釣れる場所であれば50~60cm、小川の対岸際を攻めたい場合はその川幅と同じくらいが竿の長さの目安だ。しかし、園芸用支柱は金属製なので少し重く、人工的すぎて風情が無いのが欠点。大人はザリガニ釣りにも風情を求めたい。
そこで登場するのが「め竹」。ホームセンターに1m前後の細い竹が束で売っている。用途はこちらも園芸用支柱なので、緑色にコーティングされた風情のない支柱のそばでひっそり売っていることが多い。チェックしてみよう。め竹は軽量で風情も十分である。め竹は天然素材なので、最悪水の中に落として回収不可能になっても、自然に還るから精神的にも良し。とは言え、持ち込んだものは持ち帰るのが外遊びの基本ルール。捨てて帰るのはだめだぞ。
<糸>
釣り糸も竿と同じく、釣具店で売っている釣り糸である必要は全くないどころか、細いので水辺の雑草等に絡みついたり、そもそも糸自体が見えにくいなど、メリットはない。裁縫用の糸も、釣り糸同様に細いので扱いにくさがある。つまり糸は「タコ糸」一択である。一般的な釣りでは、釣り糸は細ければ細いほど、魚にその存在を気づかれず釣果に繋がるとされているが、ことザリガニに関しては、糸の太さなど関係なく釣れる。むしろ釣り上げる際に、エサだけではなく糸部分も掴んでいる場合もあるので、しっかり掴めるタコ糸の方が釣果が上がる。
※ここで言う『タコ糸』とは、凧揚げ用の糸ではなく、焼豚やハムを縛るような太めの糸(直径2mmくらい)のこと。100円ショップのキッチンコーナーに置いてある。
<エサ>
定番のエサはやっぱりスルメ。水中での匂い拡散力・エサ持ちともにトップクラスである。他には煮干しや生の豚肉、ちくわ等、動物性タンパク質のものから、レンコン、茹でたホウレンソウ等の野菜でも釣れるには釣れる。しかし、煮干しは水中で柔らかくなってすぐボロボロになるし、野菜類は匂いの拡散力が弱い。生の豚肉はスルメみたいに帰り道に残りを食べることも出来ないがネックだ。そういった意味で、もっともおすすめなエサがスルメである。硬いタイプのスルメでも問題はないが、ソフトタイプの柔らかサキイカが売っていれば、そちらの方が食いつきがよい。匂いの拡散力アップのため、軽く裂いて表面積を増やして使う。
<バケツ>
釣り上げたザリガニは水を入れたバケツに入れる。炎天下に晒しておくと水温が上がってザリガニが茹で上がってしまうので、その場合は水を交換しよう。
<おもり>
おもりは無くてもよいが、あった方がエサの沈みが早く狙った場所に落としやすい。これももちろん釣り用のおもりを用意する必要はなく、2~3cmくらいの小石を現地調達し、エサの下に括り付ければよい。
<クリップ>
目玉クリップ(小サイズ)をタコ糸の先に付けると、エサ付けが簡単でおもりの代わりにもなるので一石二鳥。ただし、風情がないのが難点。
ザリガニはどこに潜む?
ザリガニがいそうな水辺に来て、闇雲にエサを投げ入れても簡単には釣れない。ザリガニは基本的に日中薄暗くて狭いところに潜んでいる。石が組まれた護岸の隙間や木の杭のまわり。そういったところを重点的に攻めるのが定石。底が泥の場所では穴を掘って潜んでいる場合もある。
水中が濁って見えないところにもザリガニはいるが、ある程度水が澄んでいて底が見えるポイントの方が、エサに食いつくところが見えて釣りやすい。エサに食いついてきたからといって、すぐさま引き上げようとすると、大抵の場合はエサを離してしまって取り逃してしまう。ザリガニがエサに寄ってきたら、しっかりエサを食べるまで待ってから、ゆっくり引き上げよう。もし取り逃してしまっても、もう一度そこにエサを入れると、またすぐに寄ってくるから諦めない。
シーズンになると、ザリガニ釣りの有名ポイントにいるザリガニは学習しているのか、一度取り逃がすとしばらくエサに寄り付かなくなる場合もある。そんなときは、水中から引き上げる前後に網でフォローすると取り逃し率が下がるのでオススメ。逆に田舎の用水路等、ザリガニ釣りをする人がいない場所だと、釣り上げて陸に上げても、状況を理解していないのか、全くエサを離さないザリガニもいる。場所や個体によって性格が異なるのも面白い。目玉クリップは楽でおすすめではあるが、金属の匂いや光沢が嫌なのか、近寄って来てもエサを食べることなく戻ってしまう個体もいる。そういう時は、クリップ作戦からエサ直付け&小石作戦に変更しよう。すると不思議なことに釣れ出したりする。
実釣開始!
一通りのレクチャーが済んだら、早速釣り開始。水中を探すとすぐさま第一ザリガニ発見! お腹が空いているのか石の隙間から出てきている。すかさず付近にエサを投げ入れるN女史。スルメの匂いに反応し身を翻してスルメに近づくターゲット。
「いけ! ザリガニ! エサに食いつくんだ」という心の声が聞こえたのか、こちらの思惑通りスルメを食べ始めた。釣り場に着いて早々いい展開だと思ったのもの束の間、N女史が竿を引き上げたその瞬間、異常を察知したザリガニはエサを放してしまった。「あぁ、釣れませんでした」と落ち込むN女史。
一匹取り逃しただけでその顔はなんだ! 我々の相手はイワナではない(渓流に住むイワナは神経質なので一度釣り逃すとその後は釣れない)! ザリガニは何度でも再チャレンジ可能な相手なのだ。「何度でもやり直せる。レッツ再チャレンジ! 更生応援!」って書いてある出所した時にもらうパンフレットちゃんと読んだことないのか! と後半は口から出まかせを言ってN女史にはっぱをかける。
法務大臣ばりの励ましが効いたのか、更生の誓いを胸に再びザリガニ付近にエサを投げ入れるN女史。すると数秒前の出来事などすっかり忘れたザリガニがいそいそとスルメに近寄ってきた。こちらは更生などどこ吹く風の薬物中毒者のようだ。さっきはしっかりとエサに食いついていなかったので、引き上げと同時に離れてしまったが、じっくりエサを食べさせればこちらのもの。目安としては、最初ザリガニは口付近の小さな足を使ってエサを掴んだり味見をして様子を見るが、これはご馳走だと気づくと、大きなハサミを使ってエサをつかみ、一心不乱に食べ出すか、自分のエリアに引き摺り込もうとする。そうとなれば多少強引に引き上げても簡単にエサを離さない。
釣れる喜び
レクチャー通りしっかりエサを掴ませてから引き上げると、見事にザリガニを釣り上げることができた。
失敗から改善を経ての成功。これ以上ない釣り成功体験パターンでN女史は、マスクの下で破顔一笑。この駆け引きこそがザリガニ釣りの醍醐味!
「ザリガニ釣りなんて簡単だよ」と言ってここに連れて来た手前、もしも釣れなかったどうしようという不安があったことなど微塵も見せず、「ほらね簡単でしょ」とうそぶくも、N女史はこちらのことなどお構いなしに、そこからはもうひたすら釣り人モードに突入。水面に目を凝らし、ザリガニが潜んでいそうなポイントにエサを落としまくる。
ザリガニ釣りは、ただの遊びではない
ザリガニは学びである
「釣れた!」「逃した!」「これは大きい!」と真夏の小川にこだまする声。蝉時雨と相まって、そこは一気に昭和の様相。通りすがった少年が獲物の入ったバケツを覗き込む。「ザリガニ釣ったことある?」と聞くと「うん」と答えるではないか。令和の少年少女諸君もザリガニと戯れているなんてと感慨に深けると「あつ森でザリガニ釣ったことあるよ」と続き、「本物のザリガニは?」と聞くと「初めて見た」の返事。やはり時代は令和なのか。ショックを受ける昭和のおじさんをよそに、少年は去っていった。
しからば、少年の代わりにとザリガニを釣り上げる我々。小一時間程でバケツが窮屈になった。
前回のセミ捕りに引き続き、獲ったら獲ったでどうするか問題がここで発生する。前述したように、アメリカザリガニは水辺の遊び相手であると同時に外来種で、在来生物を食べ尽くす悪い奴でもある。小魚やカエル、ヤゴといった生物はもちろん、水草をハサミで切りまくるので水辺の植生も激変する。すると水草を住処にしている前述の生物も激減。最後はアメリカザリガニだけが残る水溜まりになる。
一部の公園ではザリガニ釣りは認められているが、釣り上げたザリガニの再放流は禁止され、ザリガニポストなる箱にいれなければならないところもある。そのザリガニポストも、そこに入ればザリガニが余生をゆっくり過ごせるというわけでは当然なく、潰されて田畑の肥料になるという。外来生物であるから駆除の対象という理屈はわかる。けれど、こうして楽しませてくれる相手を駆除するというのも、素直に受け入れられない自分がいる。アメリカザリガニが自力で日本に侵攻してきて、悪さを働いているならまだわかる。しかし、元々は日本人が日本に輸入して広まったのだ。心の中は逡巡する。
私は、駆除という名目の下、生き物を殺すことには躊躇いがあるから、そっと水辺に戻す。ある人は、釣ったザリガニを絞めてむき身にし、水中に戻せば小魚やヤゴなど水中生物のエサになるからいいと言っていた。ザリガニを食べたヤゴが成長し、アキアカネやオニヤンマとして水辺を飛び回ったら、それは美談とも言えよう。
けれど私は知っている。ザリガニ釣りの特エサが、まさかのザリガニであることを。ザリガニは平気でザリガニを食べるのだ。釣ったザリガニをむき身にして再投入したところで、在来生物はありつけず水辺の覇者たるザリガニが食べ成長する。駆除以前にエサ付けになってしまうから悩ましい。
笑顔の遊びから急転直下で重たい現実を突きつけられるザリガニ釣り。「外来生物とは」「人間とは」「生命とは」ということを考えなくてはならない。これを真の教育と言わずして何と言う。『池の水ぜんぶ抜く』なんて外来生物の予習番組もしっかりある今の時代。夏期講習もそれは大事だろう。けれど、ザリガニ釣りも大事だよ。と昭和の人間は伝えたい。
取材・文・撮影=小野広幸
*生物の捕獲や再放流が禁止されている場所もあります。ルールを確認しましょう。また、飼育する際は最期まで責任をもって飼いましょう。