ドイツのビアホールに迷い込んだかのような、雰囲気ある店構えにワクワクする
日比谷駅から徒歩2分、旨い店がひしめく有楽町ガード下で、ひときわ目を引くドイツ国旗とネオンサイン。1980年創業のビアホール『バーデンバーデン』は、本格的なドイツ料理と、こだわりのドイツビールを提供する店として、長年この地で愛される名店だ。
重厚なドアを開ければ、ドイツのビアホールをそのまま持ってきたような異国情緒たっぷりの空間に、さっそく気分が盛り上がる。マスク着用やアクリル板の設置など、感染対策もしっかりしていて安心だ。
笑顔で出迎えてくれたのは、2代目店主の曽根崎武吉さん。もともと高校教師だったが、2010年に父であり先代店主の曽根崎武男さんが亡くなり、売り上げも下がっていくなかで、一念発起してこの店を継いだという。
調理場やホールのスタッフと共にドイツに何度も足を運び、本場のドイツ料理やビールの味を研究しているという曽根崎さん。「本場の味を、できるだけ安く、そして美味しく提供したい」というお父さんの想いを引き継いでいる。
飲みすぎ不可避。老舗ホフブロイハウスの樽生ビールをこんなに安く飲めるのはココだけ。
『バーデンバーデン』の名物と言えば、ドイツでも指折りの老舗醸造所・ホフブロイミュンヘンから直輸入した樽生ビールだ。その品質管理は徹底していて、輸送や在庫管理、サーバーメンテナンス、ジョッキの手洗いなど、細部までこだわり抜いている。
最初に頼むべきは、右のホフブロイ・オリジナルラガー。大麦とホップだけで作ったビールで、雑味の無いピュアな飲み口ながら、香りと旨味がギュッと凝縮されていてパンチがある。なかなか消えないきめ細かな泡もなめらかで美味しい。
真ん中の黒ビールは、ホフブロイ・ドゥンケル。1589年のホフブロイ醸造所創設当時に作られたという、伝統的なミュンヘンのダークビールで、濃厚なコクとカラメルのような香ばしさが特徴だ。苦みやロースト感が強すぎないので、黒ビール初心者でも飲みやすい。
そして左のやや濁りのあるビールは、HB・ミュンへナー・ヴァイスビア。貴族のビールとも呼ばれる小麦を原料にしたビールで、酵母をろ過しないのが伝統のスタイル。その香りと味は驚くほどフルーティで華やか。まろやかな旨味とシルキーな飲み心地で、ビールが苦手な人にもおすすめしたい一杯だ。
これらの樽生ビールは、どれも小ジョッキ(300ml)693円とかなりリーズナブル。このほかにも白と黒のハーフ&ハーフや、シュバルツバイス、ドイツ各地のボトルビールにビアカクテルと、目移りするほどのビールの品揃え。このまま取材のことは忘れて、ドイツビールを無限におかわりしていたい気分だ。
ハーブ香るチーズディップ・オバツダの登場で、さっそくビールが進む。
せっかくなので何かおつまみを頼もうとメニュー表を見ると、これまた豊富な品揃え。数あるドイツ料理のなかでも、特に耳慣れないオバツダ1023円を頼んでみることに。2種類のチーズとハーブなどを合わせたディップで、ドイツのバイエルン州では定番のおつまみだという。伝統的なレシピを元に、日本のチーズと日本人の味覚に合わせて改良したという自信作だ。
ザクっとした食感のドイツパンに、オバツダをスプーンでたっぷりと塗って頬張れば、ナチュラルチーズをたっぷり使った、なんとも贅沢な味わい。カマンベールチーズの香りと旨味、クリームチーズやバター、卵黄のコクとまろやかさに、ディルの爽やかさがバランスよく調和して、やみつきになりそう! 1口ごとにビールがどんどん進んでしまうので要注意だ。
「プレッツェルにたっぷりはさんで食べるのも美味しいんですよ」と、料理長の本多剛さんが教えてくれた。なんと誘惑の多い店だろう。
噛むほどにビールの旨味があふれ出す。自家製ビールジャーキー
続いて頂いたのは、今年完成したばかりだという新作のビールジャーキー880円。既製品で本当に美味しいジャーキーを提供しようとするとどうしても価格が高くなってしまうので、一から作ることにしたというこのメニュー。
一見普通のジャーキーだが、違うのは自慢のホフブロイビールに漬けこんでから乾燥させていること。思いのほかしっとりジューシーな食感で、噛めば噛むほど牛肉とビールの旨味がじゅわっと口の中に広がる。付け合わせの自家製ザワークラウトも、伝統的な製法で作っているので酸味がまろやかで、これまた山盛り食べたい美味しさだ。
もっと美味しく、食べやすく。創業時からの看板メニュー・アイスバインは進化していた。
最後は肉料理から、看板メニューのひとつであるアイスバインを頂く。写真はMサイズ2420円。ゴロッと大きな骨付きの塊肉が2つに、自家製のクヌーデル(ハーブが効いた、ジャガイモの団子)、そしてたっぷりのスープが添えられて、熱々の状態で提供された。
さっそくナイフを入れてみると、スッと何の抵抗もなく切れる様子は、とても豚肉とは思えない。
「ナイフは使わず、スプーンですくって食べる方もいらっしゃいますよ」と曽根崎さんが教えてくれた。切り口はたっぷりと肉汁を湛えていて、今にも零れ落ちそうだ。
一口食べてみると、濃厚な豚肉の旨味がブワっと口の中でとろけるのに、豚肉特有の臭みがほとんど感じられないことに驚く。アイスバインを煮込んだスープも澄んだ味わいで、最後の一滴まで飲み干したくなる。そういえば、アイスバインといえば定番のマスタードが見当たらないが、特に必要性を感じなかった。
「本場のアイスバインって、実は結構豚臭くてクセが強いんです。食べ慣れない人にも美味しく食べてもらうために、料理長に試行錯誤してもらって、3年ほど前にレシピを見直したんです。」と曽根崎さんは語る。仕込みに5日かけ、本場よりも丁寧な血抜きなどの下処理を行うことで、ここまでクリアで雑味の無いアイスバインが出来上がるのだという。その味に自信があるからこそ、シンプルな盛り付けとたっぷりのスープで勝負しているのだ。
もっと多くのお客さんに、もっと美味しい料理とビールを。貪欲に挑戦し続ける2代目店主と若い店員さんたちにパワーを貰う。
ドイツ一色の店内を見回してみると、さりげなく歌舞伎の舞台写真などが飾られた一角がある。聞けば、歌舞伎界や演劇界など、先代の頃からの常連さんの定席なのだという。
「父は常連さんたちと一緒に飲むのが好きで、東京のお父さんだと言って慕ってくれる方もいました。商売っ気は無かったけれど、本当にお客さんとの付き合いを大切にする人でした。」
先代の背中は大きいが、曽根崎さんは自分のやり方で『バーデンバーデン』を守っていこうと試行錯誤を続ける。常連さんはもちろん、初めて入ったお客さんのことも喜ばせたい。そのためには、もっと味やサービスを良くしていくしかないと、ビールのサーバーメンテナンスのやり方や、料理のレシピ、接客スタイルもどんどん改革した。
コロナ禍のある日、『バーデンバーデン』にはビールの流れる音が響いていた。店内の冷蔵設備は限られており、溢れた在庫の品質を保てなくなったからだ。もう一度ビールを倉庫に戻すという選択肢もあったが、曽根崎さんはそうしなかった。
「何度も輸送することで、ビールの美味しさが損なわれるのは避けたかったんです。」
おそらく素人が飲んでも気づかないレベルの味の劣化だが、妥協してビール好きなお客さんをがっかりさせたくなかったのだという。
店にとっては大きな打撃だったはずだが、それでも曽根崎さんや店員さんたちには不思議と悲壮感はなく、むしろ明るい雰囲気が漂っている。
「営業自粛中に真空パックできる機械を買ってもらって、通販を始めたんです」と、料理長が商品を持ってきてくれた。ネットで注文すれば、クール宅急便で自宅に届くという。単品でも注文できて、しかもお店とほとんど変わらないお値段というのが良心的で、いかにもこの店らしい。
聞けば、先ほど食べたビールジャーキーも、営業自粛中に開発したのだと楽し気に教えてくれた。
若い店員さんたちと曽根崎さんの常に前向きな奮闘を見ていると、こちらまでパワーを貰える気がする。明日からも頑張ろう、そしてまた近いうちにドイツビールを飲みに来よう! そんなすがすがしい気持ちで、店を後にした。
取材・執筆=岡村朱万里 撮影=岡村武夫