小雨降る中でも行列が絶えない、この店の引力はなんだ?
行列店という噂は聞いていたが、ランチ営業のラストオーダーのギリギリまで客が並んでいた。小雨降る中でも続く客の列は男性一人客が多いとは言え、女性やカップルも静かに順番を待っている。その最後のお客さんが退店したタイミングを見計らい、私たち取材チームがなだれ込む。学生時代、別の家系ラーメンに通い詰めたというスタッフが券売機のトッピングをみて「キャベチャー、これですよ!」などとはしゃぐ。(キャベチャーとは、キャベツとチャーシュー 、家系の定番トッピングである)
家系らーめんと言えば白ごはんをおかずにラーメンを食べ、飯茶碗とスープと各種調味料で各々が味をチューンする定食のようなもの。その手順を踏んでいたはずが、予定外の二杯目を追加することに至った我々。それも店長の菅野稔さんの淡々としたマジックハウスに迷い込んだせいだと思う。腹を抱えつつも後悔はない、美味しかったからだ。
まずは聞かれる「固さどうしますか」にも「味(の濃さ)、油(の量)どうしますか」にも、ふつうで! とまずは店のニュートラルをオーダーした。ワンオペで完成された動線のなかで、ちゃっちゃと麺を湯がきスープを用意する菅野さん。
かなり大きな業務用冷蔵庫には、前にこの場所で菅野さんが店長を勤めていた「五丁目煮干し@中野」の時のなごりがある。かなり大胆な舞い踊る煮干しの絵がインパクトある冷蔵庫だ。前の店から独立し、そのまま居抜きでここ『五丁目ハウス』は2018年にオープンした。
バランスの良い豚骨醤油スープに足をすくわれかける
スッと着丼した、並盛り普通。撮影のちスタッフ三者三様に食べ始める。スープは濃厚に煮出した豚骨醤油に鶏油、香りも塩気もバランスがとても良い。良すぎてそのまま素で食べ進めてしまいそうになるが、いやこれは白飯とともに食べねばと気を引き締め直す。
スープに浸した海苔でご飯を巻いて食べる、テーブルの上の豆板醤や高菜を一緒に巻いたりスープを追い掛けしたりしつつ。チャーシューは家系の定番のバラ肉ではなく肩ロースで、噛み締めるほど美味しさが深く出る。ご飯に乗っけて海苔を巻こうかそのまま行くか、と言うときに家系好きスタッフが「生姜っ」と小さく叫んだ。見ると横に避けてあったおろし生姜、にんにく、生唐辛子のセット。
どうやら、同じく目の前の完成度の高さに食べ進め、おろし生姜を見落としていた彼の中でスープと麺と白飯の配分が狂ったようだ。
頭を抱える家系好きスタッフ。残り半分を切ったスープとあと一口ちょっとの白飯を睨む。
「多分ね、普通じゃなくて”油多め”が好みに合うと思うんだよね」と、言う天啓!……じゃない、店長、菅野さん。
「それに、お酢とかで味変しても美味しいと思うよ」
「普通とはなにか」という極上の定番への問い、のようなやりとり発生
気がついたら我らの前に、二杯目の並盛りが届いていました。油多めで。
恍惚の表情で白飯のおかわりとともに、板海苔をスープに浸ける。ああ、これ!と唐突に声を上げるスタッフ。それらをニヤニヤと見守る菅野さん……こうやって、いままで何人の背中を押してきたのでしょう。
一応、定番の質問でチャーシューやスープのことを聞こうとするが「普通ですよ、特にこだわりはない」とばかり。いやでも、これはレベル高すぎる美味しさですよ、普通じゃない。と言っても「だって16年?かな、ラーメン作ってるんだから美味いの作れなきゃさ」と、サラッと言い放つ。
こだわりも、工夫も当然で特別なことはしてない、その熟練の職人のスゴ技を毎日やってるから普通とかいうのなしですよ! と食いついてもニコニコと「また食べにきてね」と爽やかな笑顔に戻っている。
ラーメンを始めたきっかけは偶然誘われたからという菅野さん。最初に大阪に出て働き始め、宮崎の『風来軒』から滋賀県の『秀吉家』、そして東京立川の『つばさ家』と家系で修行を続け、そこから立川『煮干しらーめん青樹』の系列でこちらの前身「五丁目煮干し」で店長を務めたという経歴。
それぞれで、学んだ良いところやこうだとイイなと思うところを取り入れていく中で自らの家系『五丁目ハウス』ができたという。「街にこういうお店が欲しい、並盛り680円っていうのとか若い子が食べれる価格で、ちゃんとおいしい店を目指したらこうなった。でも海苔はこだわっているかな、季節で変わるから何種類か取り寄せて選び直してる。家系は海苔でしょ!」カジュアルに話しながら”当たり前”のレベルが高い。
ちなみに、テーブルでのお冷やは水ではなく口をさっぱりとさせるルイボスティーをブレンドしてるとのこと。そういうとこだぞ、この店の普通は。
ごちそうさまでした、本当、またきます。
取材・文=畠山美咲 撮影=荒川千波